神社のおみくじから考えた、本当の伝統とデジタル化
先日、横浜へ出張した際、師岡熊野神社にお参りした。
僕は普段、旧暦の1日と15日、つまり新月と満月の日に神社へお参りするようにしている。
通常は、自宅近くの氏神様へ行く。
これまでは出張と重なった場合、日をずらして氏神様へお参りしていた。
ただ最近は、氏神様への参拝はこれまでどおり行い、それとは別に、出張先の近くにある神社にもお参りするようになった。
出張でその土地を訪れ、そこで仕事をさせてもらう。
そう考えると、その土地の神様へ挨拶をするのも自然なことだと思ったからである。
今回、師岡熊野神社を訪れたのも、その流れだった。
声で聴く「言霊おみくじ」
参拝を終え、境内を見ていると、「言霊おみくじ」というものが目に入った。
僕は年始にはおみくじを引くが、それ以外の時期には滅多に引かない。
おみくじは、占いの分類でいえば「卜術」に当たる。
卜術とは、偶然に現れた結果から、現在の状況やこれからの流れを読み取る占いである。易やタロットなども、同じ卜術に分類される。
そして卜術では、同じことを何度も占ってはいけないといわれている。
一度出た結果が気に入らないからといって、別の答えが出るまで繰り返すものではない。
最初に出た答えを受け入れず、都合のよい結果を求め続ければ、かえって運気を落とすともいわれる。
だから僕も、おみくじを頻繁には引かない。
しかし今回は、「言霊おみくじ」という名前に興味を持った。
内容そのものは、普通のおみくじと大きく変わらない。
大吉や吉などの運勢があり、仕事、旅行、健康などについての助言が書かれている。
ただし、おみくじにはQRコードが付いている。
それをスマートフォンで読み込むと、書かれている内容を声優が読み上げてくれるのである。
紙に書かれた文字を読むだけでなく、声として聴く。
おみくじに「音声」という新しい体験が加えられていた。
僕には、それがとても面白く感じられた。
今年も後半に入った時期だったので、今回は下半期の運気を見るつもりで引いてみた。
結果は大吉だった。
そして、そこには、
「これから全体的に良くなる」
という内容が書かれていた。
僕自身の月の運気も、これから少しずつ上がっていく。
そのタイミングで受け取った言葉だったため、素直にうれしかった。
神社やお寺にも広がるデジタル化
言霊おみくじを体験して、神社やお寺にもデジタル化の波が広がっているのだと改めて感じた。
最近では、PayPayなどのキャッシュレス決済でお賽銭を納められる神社やお寺も出てきている。
賽銭箱へ硬貨を入れる代わりに、掲示されたQRコードを読み込み、スマートフォンから金額を送る。
それを聞くと、
「お賽銭までキャッシュレスにする必要があるのか」
と違和感を持つ人もいるだろう。
しかし、今では普段ほとんど現金を持ち歩かない人も増えている。
海外から来た観光客にとっても、現金よりキャッシュレス決済のほうが利用しやすい場合がある。
ほかにも、オンラインによる参拝や祈祷、法要の配信、御朱印の郵送、デジタル御朱印、参拝記録アプリ、多言語案内など、さまざまな取り組みが始まっている。
神社の境内をメタバース上に再現する例もある。
文化財を3Dデータとして保存したり、VRで非公開部分を見られるようにしたりする取り組みも進んでいる。
AIを活用して仏教の教えを伝えたり、ロボットが説法を行ったりする例まで出てきた。
こうして並べると、神社やお寺の世界も、思っている以上にデジタル化が進んでいる。
ただし、ここで一つ考えなければならないことがある。
新しい技術を取り入れれば、それだけで伝統を守ったことになるのだろうか。
伝統を受け継ぐとは何か
僕は、伝統を受け継ぐとは、昔の形をそのまま残すことではないと考えている。
長く続いてきたものの中から、まず本質が何であるかを突き詰める。
そのうえで、時代の中で付着したもの、すでに役割を終えたもの、なくても本質が損なわれないものを削り、そぎ落としていく。
そして最後に残った、本当に変えてはいけないものへ、今の時代に合ったものを付け足していく。
それが、伝統を受け継ぐということではないだろうか。
昔と同じ形を守り続けることが、必ずしも伝統を守ることになるとは限らない。
形に固執するあまり、本来伝えたかったことが、現代の人に届かなくなってしまうこともある。
反対に、何が本質かを見極めないまま、新しいものを次々に加えれば、単なる流行になってしまう。
大切なのは、
「何を残すのか」
「何を削るのか」
「何を加えるのか」
を考えることである。
おみくじの本質は、紙にあるのか
今回の言霊おみくじで考えてみたい。
おみくじの本質は、紙を引くことだろうか。
紙に文字が印刷されていることだろうか。
僕は、そうではないと思う。
おみくじの本質は、偶然によって現れた言葉から、その時の自分に必要なメッセージを受け取ることにある。
だとすれば、紙のおみくじにQRコードを付け、声優の声で内容を聴けるようにすることは、本質を壊してはいない。
むしろ、言葉を受け取るという本来の価値を強めている。
文字で読んだだけでは流してしまう言葉でも、声で聴くと心に残ることがある。
声の調子や間によって、同じ文章でも受け取り方が変わる。
「言霊おみくじ」という名前のとおり、言葉の力をより強く感じられる仕組みになっている。
これは、古いおみくじをデジタルに置き換えたのではない。
昔からあるおみくじへ、今の時代に合った新しい価値を付け足したのである。
お賽銭の本質は、硬貨にあるのか
キャッシュレス賽銭についても同じことがいえる。
お賽銭の本質は、硬貨を賽銭箱へ投げ入れることにあるのだろうか。
おそらく違う。
神様や仏様への感謝や祈りを、金銭に託して奉納する。
その気持ちの部分が、本質である。
そう考えれば、現金で納めるか、スマートフォンから納めるかは、あくまで方法の違いである。
現金がなければお参りできない人よりも、キャッシュレスによって奉納できる人が増えるのであれば、それは参拝の入口を広げることになる。
一方で、キャッシュレス決済は通常の買い物にも使われる。
そのため、お賽銭まで決済サービスに載せると、宗教行為が商取引のように見えてしまう可能性もある。
決済履歴から、どの宗教施設へ行ったかという個人の信仰に関する情報が残ることを懸念する意見もある。
お布施は、商品やサービスへの対価ではない。
人と人が向き合う中で行われる宗教的な営みでもある。
だから、技術的に可能だから導入するというだけでは足りない。
どこまでをデジタル化し、どこからは人と人との関係として残すのか。
そこには慎重な判断が必要である。
本質を強めるデジタル化
神社やお寺のデジタル化には、本質を強めるものもある。
たとえば、多言語による案内である。
神社や寺院の歴史、建物の意味、参拝作法などを、外国人にも分かる言葉で伝える。
これは、単に観光客を増やすためだけではない。
その場所に込められた祈りや文化を、より多くの人へ伝えることにつながる。
文化財の3Dデータ化も同じである。
地震、火災、風水害、経年劣化などにより、文化財はいつ失われるか分からない。
建物の構造や職人の技術を正確に記録しておけば、修復や再建、研究、次世代への技術継承に役立てることができる。
デジタル化によって、物理的な文化財の価値が下がるわけではない。
むしろ、長く残すための手段が増える。
オンライン参拝や法要も、実際に足を運べない人にとっては大きな意味を持つ。
高齢者、病気や障害のある人、遠方に住む人、海外にいる人にとって、オンラインであっても神社やお寺とつながる機会があることは、一つの救いになるかもしれない。
実際に行くことと、画面を通して参加することは同じではない。
しかし、同じではないから無意味とも限らない。
本質へ触れる入口を増やすという意味では、価値のある取り組みだと思う。
目新しさだけになっていないか
一方で、AI僧侶、ロボット説法、メタバース神社、NFTのお守りなどについては、慎重に考える必要がある。
もちろん、すべてを否定するつもりはない。
若い人が神社やお寺へ関心を持つきっかけになるかもしれない。
海外にいる人へ文化を伝える手段にもなるだろう。
AIによって、仏教の教えを分かりやすく学べることもある。
しかし、そこで問われるのは、
「その技術は、本質を深めているのか」
ということである。
AIが仏教の教えを説明することと、一人の僧侶が相談者の人生や苦しみに向き合うことは、同じではない。
メタバース上に神社を再現することと、実際にその土地へ行き、鳥居をくぐり、空気を感じ、頭を下げることも同じではない。
デジタルのお守りを所有することと、神社で祈りを込めて授かったお守りを身につけることも、まったく同じとはいえないだろう。
新しいものは話題になりやすい。
しかし、話題になることと、本来の価値が伝わることは別である。
技術を加えることで、本質がより深く伝わるのか。
それとも、本質が見えなくなり、珍しさだけが前面に出てしまうのか。
そこを見極めなければならない。
これは企業のDXにも通じる
神社やお寺のデジタル化を考えていると、これは企業のDXにもそのまま当てはまると思う。
DXという言葉が広がり、多くの企業がシステムやAIを導入しようとしている。
しかし、今ある業務をそのままデジタルへ置き換えるだけでは、本当のDXにはならない。
非効率な業務を、そのままシステム化する。
不要な帳票を、そのまま電子化する。
複雑な承認手続きを、そのままオンラインに移す。
それでは、無駄をデジタルの中へ持ち込んだだけである。
必要なのは、まず自社の仕事の本質を突き詰めることだ。
自社は、顧客へ何を提供しているのか。
顧客は、何に価値を感じているのか。
本当に人が行うべき仕事は何か。
昔から続けているが、すでに役割を終えた仕事は何か。
こうしたことを考え、不要なものを削り、そぎ落とす。
そのあとに、残った本質をより強く、より早く、より広く届けるために、システムやAIを加えていく。
それが、本来のDXではないだろうか。
大切なものまで捨てて、新しいものへ置き換えることがDXではない。
反対に、昔からやっているという理由だけで、すべてを残すこともDXではない。
本質を残し、不要なものを削り、時代に合ったものを加える。
伝統の継承とDXは、一見すると正反対に見える。
しかし実際には、非常によく似ている。
変わるからこそ、残っていく
師岡熊野神社で引いた言霊おみくじには、
「これから全体的に良くなる」
という内容が書かれていた。
紙に書かれた言葉を、スマートフォンから声で聴く。
昔ながらのおみくじでありながら、新しい体験でもあった。
そこには、古いものと新しいものが無理なく共存していた。
伝統とは、まったく変わらないものではない。
本質を突き詰め、不要なものを削り、その時代に必要なものを加えながら受け継がれていくものなのだと思う。
変えてはいけないものを守るために、変えるべきものを変える。
形を変えるからこそ、本質が残っていく。
神社やお寺のデジタル化を見ながら、そんなことを考えた。
そして、それは神社やお寺だけの話ではない。
企業も、人も同じである。
これまで大切にしてきたものは何か。
すでに役割を終えたものは何か。
これからの時代に、新しく加えるべきものは何か。
今年後半、僕自身も、守るべき本質を見失わず、削るべきものは削り、新しいものを加えながら前へ進んでいきたい。
