価格は変わらない。それでも『高い』が『安い』に変わる理由
1か月以上前から、AirPods Proの調子が悪かった。
iPhoneとうまく同期しなくなり、外出先で使えないことも増えていた。
特に困ったのが、移動中に送られてきた動画やアーカイブを見られないことだった。
普段から使っているものなので、使えないとやはり不便である。
ただ、仕事が忙しく、なかなか相談に行く時間が取れなかった。
ようやく時間をつくって、まずauショップへ相談に行った。
しかし、そこでは修理対応ができないということで、
「買い替えますか?」
と聞かれた。
店員さんからは、今使っているものが一番上位のモデルなので、同等のものを選ぶなら最新のAirPods Pro 3になると説明された。
価格は4万3,000円ほど。
ノイズキャンセリング性能など、機能面がかなり良くなっていることも強調された。
一方で、そこまでの性能が必要なければ、ひとつ下の3万円台の商品や、それより安い他社製品もあると案内された。
さらに、
「分割払いもできますよ」
とも言われた。
それでも、僕はその場で買う気にはならなかった。
4万3,000円。
イヤホンとして考えると、やはり高いと感じたからである。
修理するならAppleへ行った方がいいと言われ、その足でApple Storeへ向かった。
その日は修理の予約だけをして、翌日改めて訪れることになった。
Appleでは修理について詳しく説明してもらった。
そこで初めて、AirPodsはケース、右耳、左耳をそれぞれ個別に交換できることも知った。
同期の問題は無事に直った。
ただ、その時にAppleの担当者から、充電が弱くなっているとも言われた。
「あれ、おかしいな。十分充電してきたはずなのに」
その時は少し気になった程度だったが、家に帰って改めて充電してみると、どうも違和感がある。
「今、どれくらい充電できているんだろう」
何とか確認できないかと思い、iPhoneの「設定」からBluetoothを開き、AirPods Proのデバイス情報を見てみた。
すると、イヤホン本体の充電状態だけでなく、ケースの充電状態も確認できることが分かった。
そこで初めて、ケースがまったく充電できていないことに気づいた。
「これはもう寿命だな」
考えてみれば、もう4年ほど使っている。
同期だけの問題ではなく、ケース自体が限界にきていたのである。
ケースだけなら、確か1万2,000円ほどで交換できる。
全部を4万3,000円で買い替えるより、ケースだけ交換した方がずっと安い。
僕の中では、ほぼそれで決まりかけていた。
実際、前日まではケースを交換するつもりだった。
ところが、ここから話が変わった。
来月海外に行く予定があるので、同時通訳ができるアプリなどがあれば便利だなと思い、調べていた。
すると、同時通訳ができる専用機器があることを知った。
価格を見ると、6万円を超えている。
「やっぱり、ちゃんとした翻訳機ならこれくらいするんだな」
と思った。
そこでAIに相談してみたところ、思いがけないことを知った。
なんと、AirPodsでも同時通訳・翻訳に使えるというのである。
思わず、
「えっ? AirPodsでできるの?」
となった。
この時、今使っているAirPodsでもできないかなと思った。
しかし調べてみると、残念ながら今の機種は対応していなかった。
その瞬間、不思議なことが起きた。
数日前まで「4万3,000円は高い」と思っていたAirPods Pro 3が、急に安く感じ始めたのである。
金額は何も変わっていない。
4万3,000円は、4万3,000円のままである。
それでも、
4万3,000円のイヤホン
だと思えば高い。
一方で、
普段使うイヤホンであり、海外では翻訳ツールとしても使える
と思えば、見え方はまったく変わる。
しかも、専用の翻訳機を6万円くらいで買おうと思っていた僕にとっては、
「それならむしろ安いじゃないか」
となったのである。
改めて面白いと思った。
人は、価格そのものを見て「高い」「安い」と判断しているわけではない。
その価格で、自分にどんな価値が手に入るのか。
そして、
何と比較しているのか。
それによって、同じ金額でも評価は大きく変わる。
マーケティングでは、こうした考え方を「知覚価値」と呼ぶ。
お客様が感じる価値は、商品の価格だけで決まるわけではない。何と比べているのか、そしてその商品によって何ができるようになるのかによって、大きく変わる。
今回の僕でいえば、最初は「イヤホンに4万3,000円」と考えていた。比較対象は、1万2,000円ほどで済むケース交換だった。
ところが、同時通訳に使えると知った瞬間、比較対象は「6万円を超える専用の翻訳機」に変わった。
同じAirPods Pro 3、同じ4万3,000円なのに、比較するものと得られる価値が変わっただけで、「高い」が「安い」に変わったのである。
これは、AirPodsだけの話ではない。
例えば、月額3万円の業務システムも、単に「ソフトに毎月3万円」と考えれば高く感じる。しかし、そのシステムによって毎月20時間の作業が削減できると分かれば、見え方は変わる。
ホテル代も同じである。「寝るだけの部屋に3万円」と考えるのか、「食事や温泉、その場所でしか得られない体験まで含めて3万円」と考えるのかで、感じる価値はまったく違ってくる。
価格は同じでも、何を買っていると考えるかによって、その価値は変わるのである。
商品を売る側は、どうしても機能や性能を説明しがちである。
「従来より速くなりました」「性能が上がりました」「こんな機能が追加されました」といった説明である。
もちろん、それも大切だ。
しかし、お客様が本当に知りたいのは、その機能そのものではなく、**「それによって自分に何が起きるのか」**なのだと思う。
今回の僕にとっても、ノイズキャンセリング性能が向上したことより、「海外で同時通訳に使える」ということの方が、はるかに大きな価値だった。
自社の商品やサービスが、お客様にどんな未来をもたらすのか。
そこまで理解し、見事に言語化できている会社は強い。
そういう会社は価格競争にも巻き込まれにくく、結果として業績も良いのではないかと思う。
auで分割払いを提案されても、僕の気持ちは動かなかった。
つまり、支払方法の問題ではなかったのである。
その時の僕には、4万3,000円を払うだけの「買う理由」がまだなかった。
ところが、海外で同時通訳に使えるという価値を知った瞬間、その理由が生まれた。
商売でも同じなのだと思う。
お客様から、
「高いですね」
と言われたとき、本当に問題なのは価格なのだろうか。
値下げをしたり、分割払いを用意したりする前に、
その商品を使うことで、お客様にどんな未来が生まれるのか。
そこが十分に伝わっているかを考える必要があるのかもしれない。
そして今回、もう一つ面白かったことがある。
そもそもAirPodsの調子が悪くなったのは1か月以上前だった。
すぐに修理へ行けていたら、おそらくケースを交換して終わっていたと思う。
でも忙しくて動けなかった。
ようやくApple Storeへ行ったとき、修理を待っている間に店内で流れていた動画を見て、Apple Intelligenceというものを知った。
「こんなものがあるんだ」
と思い、自分のiPhoneを取り出して、よく分からないままその場でApple Intelligenceの設定までした。
その時は、それが後でAirPodsの同時通訳につながるとは思っていなかった。
その後、同期が直り、ケースの不具合が分かり、
「ケースだけ交換しよう」
と思った、まさにそのタイミングで同時通訳のことを知った。
誰かに勧められたわけではない。
auでも、Appleでも、同時通訳の話は出ていない。
ただ、必要な情報が、妙にいい順番で入ってきた。
使えなかった1か月間は、ただ不便だと思っていた。
でも今になって振り返ると、その時間さえも、買い替えるタイミングを待っていたように感じる。
もちろん、すべて偶然と言えば偶然なのだろう。
でも、こういうことが続くと、
もしかすると、運に導かれるというのは、こういうことなのかもしれない。 そんなことを少し考えた。
