――ハンバーグ屋で見たマーケティングの本質
近所にハンバーグ定食の専門店が二軒あった。
どちらも繁華街の近くにはある。しかし、最寄り駅からは少し歩かなければならず、人通りが自然に流れ込んでくるような立地ではない。決して好立地とは言えない場所である。
ところが数年経った今、結果は大きく分かれている。
一軒は今でも多くのお客さんで賑わい、平日でも予約をしなければ待ち時間が発生するほど繁盛している。
もう一軒は、気が付けば閉店していた。
私は両方の店で食事をしたことがある。
だから余計に不思議だった。
なぜなら、私の評価では閉店した店の方が決して劣っていなかったからである。
むしろハンバーグそのものの味は互角だった。
価格も閉店した店は1,300円程度。
一方、繁盛店は1,980円程度。
単純に比較すれば、閉店した店の方がコストパフォーマンスは高かったように思う。
さらに興味深いのは、両店のシステムがよく似ていたことである。
どちらも小ぶりのハンバーグを最大三個まで選ぶことができる。
そして、そのハンバーグにつけるソースも六〜八種類ほど用意されていた。
つまり、お客様はその日の気分に合わせて好きなソースを選ぶことができるのである。
ところが、そのソースに違いがあった。
私個人の好みで言えば、撤退した店のソースの方が魅力的だった。
味の方向性も好みに合っていたし、選ぶ楽しさもあった。
だからこそ不思議だった。
もし商品力だけで勝負が決まるのであれば、むしろこちらの方が有利だったのではないかと思ったからである。
もちろん私は経営者ではないので、閉店の本当の理由は分からない。
人手不足だったのかもしれない。
店長が退職したのかもしれない。
実際、本店は今も営業しているようなので、経営資源を集中した可能性もある。
だからこの記事は「なぜ閉店したのか」を断定する話ではない。
しかし、この二つの店を比較していて、私は改めてマーケティングの本質について考えさせられた。
そしてそれは、飲食店だけではなく、私たち中小企業経営者にも共通する話なのではないかと思ったのである。
私はなぜ閉店した店を評価したのか
私は経営コンサルタントという仕事柄、飲食店に行っても少し見方が違う。
もちろん料理の味は見る。
しかし、それだけではない。
価格設定。
客層。
店員の動き。
厨房の様子。
回転率。
接客。
そんなところまで、つい観察してしまう。
職業病と言えば職業病かもしれない。
閉店した店へ行った時、私が魅力を感じたのはソースだった。
実は両店とも、小ぶりのハンバーグを最大三個まで選ぶことができ、それに合わせるソースも六〜八種類ほど用意されていた。
つまり仕組みそのものに大きな違いはない。
しかし私個人の好みで言えば、撤退した店のソースの方が魅力的だった。
味の方向性も好みに合っていたし、選ぶ楽しさもあった。
お客様としては嬉しい工夫である。
だからこそ不思議だった。
もし商品力だけで勝負が決まるのであれば、むしろこちらの方が有利だったのではないかと思ったからである。
一方で、経営コンサルタントという立場で見ると別の見方もできる。
ソースの魅力を高めるということは、それだけ手間も増えるということだ。
仕込みも増える。
管理も複雑になる。
当然コストもかかる。
お客様から見れば魅力であっても、経営という視点では負担になることもある。
そんなことを考えながら食事をしていたのを覚えている。
人は本当に味を評価しているのだろうか
ここで、もう一つ面白いことに気付いた。
私たちは普段、
「美味しい店が繁盛する」
と思っている。
もちろん間違いではない。
しかし現実はそれほど単純ではない。
もし目隠しをして二つの店のハンバーグを食べ比べたらどうだろう。
どれだけの人が違いを正確に当てられるだろうか。
もちろん分かる人もいるだろう。
しかし案外、多くの人は大きな差を感じないかもしれない。
人間の味覚とは不思議なものである。
高級な器に盛り付けるだけで美味しく感じる。
有名シェフが作ったと言われるだけで評価が上がる。
長蛇の列を見るだけで期待値が高まる。
つまり私たちは舌だけで味わっているわけではない。
目でも味わっている。
耳でも味わっている。
鼻でも味わっている。
そして雰囲気でも味わっている。
繁盛店に入ると、まず活気が目に入る。
スタッフが笑顔で動いている。
店内に余裕がある。
「人気店に来た」という期待感もある。
その瞬間から食事は始まっているのである。
一方、閉店した店はランチ時になると少しバタバタしていた。
もちろん一生懸命働いている。
しかしお客様は無意識に店の空気を感じ取る。
余裕は伝染する。
安心感も伝染する。
逆に焦りも伝染する。
味とは関係ないようでいて、実は大きく関係しているのかもしれない。
考えてみれば旅行もそうだ。
ホテルもそうだ。
美容室もそうだ。
人は商品そのものだけにお金を払っているわけではない。
その商品を通じて得られる体験にお金を払っているのである。
なぜオープンキッチンは強いのか
二つの店の違いで、私が特に印象に残ったのはオープンキッチンだった。
繁盛店は調理の様子がよく見える。
鉄板の上で肉が焼かれる。
ジュウジュウという音が響く。
香ばしい匂いが漂う。
料理人が手際よく調理する姿が見える。
お客様は料理が運ばれてくる前から楽しんでいる。
私はここに大きなヒントがあるように思う。
人は完成品だけに価値を感じているわけではない。
作られる過程にも価値を感じているのである。
たこ焼き屋を思い出してほしい。
たこ焼きが皿に乗って出てくるだけなら、それで終わりだ。
しかし職人がクルクルと生地を回している姿を見ると、なぜか楽しい。
寿司屋もそうだ。
寿司を食べるだけではない。
職人が魚を捌き、握る姿を見ることにも価値を感じている。
うなぎ屋もそうだ。
天ぷら屋もそうだ。
ラーメン屋もそうだ。
繁盛店にはオープンキッチンが多い。
なぜなら、人は結果だけではなく過程にも感動するからである。
私は以前、
「生む過程と育てる過程」
について考えたことがある。
新しい商品を生み出すことも大事だ。
しかし、その商品がどのように作られているのか。
どんな想いが込められているのか。
人はそうした背景にも価値を感じる。
繁盛店はハンバーグを売っていたのではない。
ハンバーグが出来上がるまでの体験も売っていたのである。
良い商品と売れる商品は違う
私はこれまで多くの中小企業を支援してきた。
その中で何度も感じたことがある。
それは、
良い商品と売れる商品は違う
ということである。
技術力が高い会社が苦戦することもある。
品質の高い商品が売れないこともある。
逆に品質だけを比較すれば大差がなくても、多くのお客様に支持される企業もある。
その違いは何だろう。
見せ方である。
伝え方である。
体験である。
もちろん商品力は大切だ。
しかし商品力だけでは不十分なのである。
私は長い間、「なぜだろう」と考えていた。
しかし今振り返ると、繁盛店はハンバーグを売っていたのではない。
体験を売っていたのかもしれない。
そして、それを上手に伝えていたのかもしれない。
これは以前書いたナポリタンの記事にも通じる。
ナポリタンは最高級料理ではない。
しかし国民食になった。
たこ焼きもそうだ。
焼酎もそうだ。
良いものが必ず広がるわけではない。
そして広がったものが必ず最高品質とも限らない。
そこには見せ方や伝え方がある。
多くの人に受け入れられる工夫がある。
マーケティングとは、商品を良くすることだけではない。
価値を伝えることでもあるのだ。
私の記憶に残ったのはどちらの店か
市場は繁盛店を選んだ。
それは事実である。
しかし不思議なことに、今でも私の記憶に残っているのは閉店した店の方だ。
あのソースの味。
あの価格。
あの店の雰囲気。
時々思い出す。
もちろん繁盛店が悪いと言いたいわけではない。
実際、多くのお客様から支持されている素晴らしい店なのだろう。
ただ、ここに一つの真実があるように思う。
売れているものが必ずしも最高の価値とは限らない。
世の中には多くの人に支持されるものがある。
一方で、一部の人に深く愛されるものもある。
どちらが正しいという話ではない。
しかし私たちはつい、
行列ができている店を見て成功だと思う。
閉店した店を見て失敗だと思う。
本当にそうだろうか。
私にはそうは思えない。
なぜなら、今でも私はあの店を思い出すからである。
おわりに
ハンバーグ屋の話である。
しかし実はこれは、人が何に価値を感じるのかという話でもある。
味だけではない。
価格だけでもない。
空間。
演出。
接客。
物語。
そして体験。
人はそうしたもの全てを含めて価値を感じている。
経営者はつい商品を磨こうとする。
もちろんそれは大切だ。
しかしお客様は商品だけを買っているわけではない。
その商品を通じて得られる体験や安心感、期待感も一緒に買っている。
私は今でも閉店した店のソースの味を覚えている。
一方で、市場は繁盛店を選んだ。
この二つの事実は矛盾しているようでいて、実はマーケティングの本質を表しているのかもしれない。
良いものを作ることと、選ばれることは同じではない。
だから経営とは、商品を作ることではなく、価値を伝えることなのだと思う。
そしてそのことを、一軒のハンバーグ店が静かに教えてくれたのである。

髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役