AI時代、経理や事務の価値はどこにあるのか

――『これは経費で落ちません!』を観て考えたこと

Netflixで『これは経費で落ちません!』というドラマを観た。

タイトルだけを見ると、経理担当者が社員の経費申請に対して、

「これは経費では落とせません」

と厳しく突き返していくドラマのようにも思える。

しかし、実際には何でもかんでも経費として認めないという話ではない。

業務上必要な支出であれば、きちんと会社へ請求してほしい。ただし、その支出が何のために使われ、どの活動や売上につながっているのかを説明できるようにしてほしい。

主人公である経理担当者は、そのような姿勢で経費と向き合っている。

経費を減らすことが目的ではない。

会社が行っている活動を、正しく数字に表すことが目的なのである。

必要経費を自腹で払うと、会社は判断を誤る

ドラマの中に、業務上必要な経費を申請せず、自腹で負担していた契約社員が登場する。

本人としては、会社に余計な負担をかけ、嫌われたくないという思いがあったのかもしれない。

一見すると、経費を使わずに成果を出しているのだから、会社に貢献しているようにも見える。

しかし、経理担当者は、必要な経費はきちんと請求してほしいと伝える。

その費用が会社の数字に表れなければ、何にいくら使い、その結果として、なぜ顧客が増えたのかが分からなくなるからである。

例えば、ある活動によって新しい顧客が増えたとしても、そのために使った費用を社員が自腹で負担していれば、帳簿には売上だけが記録され、費用は記録されない。

それでは会社は、

なぜ顧客が増えたのか。

一人の顧客を獲得するために、実際はいくらかかったのか。

同じ活動を今後も続けるべきなのか。

別の方法に変えるべきなのか。

といった判断ができない。

必要な経費を正しく計上することは、社員が損をしないためだけに必要なのではない。

会社が正しい経営判断をするためにも必要なのである。

経理の役割は、単に経費を削ることではない。

会社の活動と成果の関係を、数字によって明らかにすることである。

製造や営業は、価値作業を定義しやすい

以前、私は企業向けに「価値作業の見える化」に関する研修を行っていた。

製造、営業、販売などの中核部門は、価値作業を比較的定義しやすい。

製造における価値作業は、実際に製品をつくっている稼働時間である。

一方、段取り、準備、移動、手待ち、クレーム処理などは、業務上必要な場合があっても、製品そのものを生み出している時間ではない。こうした時間は「準ムダ」として、可能な限り短縮していく必要がある。

業務に関係のないおしゃべりや、不要なやり直し、意味のない待機などは「ムダ」であり、原則としてなくしていくべきものである。

営業であれば、顧客への訪問、商談、提案、受注交渉など、お客様と直接接点をもつ作業が価値作業となる。

このように中核部門では、どの時間が成果につながっているのかを比較的判断しやすい。

これに対して、経理、総務、一般事務、営業事務などの間接部門は、何を価値作業とするのかが分かりにくい。

伝票を入力する。

請求書を発行する。

見積書を作成する。

電話を受ける。

資料を整理する。

情報を調べる。

こうした仕事だけを見ても、直接売上を生み出しているようには見えない。

そのため、経理や事務部門は「コスト部門」と見られやすい。

業績が悪化したときや、システムを導入するときには、

「外注した方が安いのではないか」

「AIやRPAで自動化できるのではないか」

「人員を減らせるのではないか」

という話にもなりやすい部門である。

だからこそ、間接部門については、価値作業を明確に定義する必要がある。

間接部門の価値作業とは何か

研修では、経理や事務などの間接部門における価値作業を、次のように定義していた。

経営を支援する仕事。

そして、

営業、製造、販売などの中核部門が、成果を出しやすくなるように支援する仕事。

さらに言えば、

社員が仕事をしやすい状態をつくる仕事。

これが、間接部門の価値作業であると考えている。

例えば、経理担当者が伝票を入力すること自体は、会社を運営するために必要な処理作業である。

その数字を使って、経営者が正しい判断をできるようにすることが価値作業となる。

営業事務によるリサーチも同じである。

競合商品や市場価格を調べる。

見込み顧客の情報を整理する。

過去の取引実績を調べる。

営業担当者が商談前に必要とする情報を準備する。

その調査によって営業担当者の判断が早くなり、提案の質が高まり、受注につながりやすくなるのであれば、明確な価値作業である。

単に何かを調べたことに価値があるのではない。

その仕事によって、経営者や中核部門が成果を出しやすくなったことに価値があるのである。

営業担当者が外出先の仕事に集中できる仕組み

私自身、会社員時代には営業を担当し、ほとんど外出していた。

コロナ禍以降、世の中ではオンラインで商談や打ち合わせが完結するケースが増え、営業担当者が外出する機会も以前より減っている。

しかし、私が会社員として営業をしていた当時は、取引先へ直接顔を出し、担当者と話をすることが非常に重要であった。

当然、私が外出している間にも、顧客から注文や問い合わせの電話が入る。

もし営業事務の担当者が受注できなければ、すべて私が折り返し電話をしなければならない。

それでは顧客を待たせるだけでなく、私自身も外出先で対応すべき案件に集中できない。

そこで、重点取引先や緊急性の高い案件を除き、見積書を見れば営業事務の担当者がそのまま受注できる仕組みにしていた。

見積書には、商品、価格、数量、荷渡し条件などを分かりやすく記載し、担当者が内容を確認したうえで注文を処理できるようにしていたのである。

この仕組みによって、営業事務の担当者は顧客を待たせずに受注を進めることができ、私は外出先で対応すべき案件に集中できた。

限られた人数で営業活動を回し、それぞれが本来の役割に集中するための工夫であった。

さらに、たまに、

「えっ、こんな価格で買ってくれたのか」

と驚くような価格で受注してくれることもあった。

市場の相場を知っている営業担当者であれば、

「この価格では高すぎるのではないか」

と考え、顧客から値引きを求められてもいないのに、先回りして価格を下げてしまうことがある。

一方、営業事務の担当者は、見積書に記載された価格をそのまま伝える。

顧客がその価格で納得すれば、そのまま受注となる。

その結果、私が対応するよりも高い利益で販売できることが、たまにあったのである。

営業事務は、単に電話を取り次いでいたのではない。

営業担当者が外出先の案件に集中できる状態をつくり、不在時の受注機会を逃さず、ときには利益の向上にも貢献していた。

これこそ、営業事務の価値作業である。

間接部門は、会社の潤滑油である

会社を一つの機械に例えるなら、製造、営業、販売などの中核部門は、直接製品や売上を生み出す本体の機械である。

経理や事務などの間接部門は、その本体を滑らかに動かす潤滑油のような存在である。

情報の流れを整える。

部門間の摩擦を減らす。

ミスや手戻りを防ぐ。

仕事が滞らないように調整する。

中核部門が本来の仕事に集中できる状態をつくる。

ただし、経理は潤滑油であるだけではない。

数字や情報を経営判断に変える役割も持っている。

売上が落ちた。

原価率が上がった。

歩留まりが悪化した。

このような変化を把握するだけであれば、現在のシステムでもできる。これからは、AIが異常値を検知し、経営者へ知らせることも当たり前になっていくだろう。

経理や事務の価値は、その数字を発見することだけではない。

なぜ、その数字になったのかを考えることにある。

一次情報だけでは判断できない理由を探る

例えば、売上が下がっている場合、社内の売上データだけを見ても、原因までは分からない。

競合企業が新商品を発売したのかもしれない。

近隣に競合店舗が新しく出店したのかもしれない。

販売チャネル全体の市場が縮小している可能性もある。

顧客の購買行動が変わっているのかもしれない。

価格改定や営業活動の変化が影響していることも考えられる。

こうした一次情報だけでは即断できない問題について、社内外の複数の情報を収集し、関係性を考え、原因について仮説を立てる。

その仮説を、営業担当者や現場へのヒアリングによって確認し、経営者が次の行動を判断できるようにする。

製造現場でも同じである。

歩留まりや品質の低下が、設備の不具合によるものなのか。

原材料の変化によるものなのか。

担当者の習熟度や人員配置に関係しているのか。

休暇の取得状況や疲労、教育体制の変化と関連していないか。

歩留まりや品質の数字だけでなく、設備、原材料、人員、勤務体制などの情報を照らし合わせることで、初めて原因が見えてくることがある。

システムは、何が起きているのかを示してくれる。

人は、複数の情報をつなぎ合わせ、なぜ起きたのかを考える。

その違いは大きい。

情報は、人を決めつけるためではなく対話に使う

ドラマの中にも、複数の情報から、あるマイスターの事情を推測する場面があった。

そのマイスターは、三か月前まで毎週同じ曜日の午後に早退していた。

偶然、本人が落とした診察券が見つかり、その病院では該当する曜日に高齢者向けの診療が行われていることが分かる。

ところが、後継者候補となる人物が現れた三か月前から、早退がぴたりと止まっていた。

毎週同じ曜日の早退。

病院の診察券。

診療日。

後継者候補が現れた時期。

早退が止まった時期。

これらの情報をつなぎ合わせることで、言葉の少ないマイスターが何を抱え、なぜ行動が変わったのかを推測していったのである。

ただし、これはドラマ上の設定である。

現実の職場で、本人の通院先や病状を勝手に調べることは適切ではない。

実際には、数字や勤務状況の変化から仮説を持ったとしても、そこで本人の事情を決めつけてはいけない。

必要なのは、現場や本人への丁寧なヒアリングである。

情報は、人を詮索したり評価したりするために使うのではない。

見過ごされている問題や変化に気づき、対話を始めるために使うべきものである。

AIやRPAを、人員削減だけに使わない

現在の経理や事務担当者は、日々の定型業務に追われている。

伝票入力。

請求書処理。

データの転記。

照合や集計。

定型資料の作成。

問い合わせへの対応。

こうした仕事に追われていれば、売上低下の原因を調べたり、競合情報を集めたり、製造現場の数字と人員体制の関係を分析したりする時間は取れない。

だからこそ、AIやRPA、クラウドシステムを使って、定型業務を省力化する必要がある。

ただし、

業務を効率化できたから、人を減らす。

それだけで終わってよいのだろうか。

本来の道筋は、定型作業をAIやRPAに任せ、そこで生まれた時間を、これまで十分にできていなかった価値作業へ振り向けることである。

経営に必要な情報を収集する。

営業や製造などの中核部門を支援する。

数字の背景にある原因を調べる。

複数の情報から仮説を立てる。

現場へのヒアリングを行う。

社員が仕事をしにくくしている原因を見つける。

部門間の情報連携を改善する。

こうした仕事が、今後の経理や事務に求められる付加価値の高い業務になるのではないだろうか。

AIが数字を入力し、集計する。

人は、その数字の意味を考える。

AIが異常を検知する。

人は、なぜ異常が起きたのかを現場とともに調べる。

AIが情報を整理する。

人は、その情報を経営判断や業務改善につなげる。

これが、本来目指すべき役割分担である。

外注する前に、価値作業を明確にする

経理や事務を外注すること自体が悪いわけではない。

外注には、コスト削減、専門人材の活用、人手不足への対応などのメリットがある。

ドラマの中でも、経理部門のリストラや外注化が検討される場面がある。

しかし、外注化のメリットとデメリットを分析すると、社外では対応しにくい仕事があることも見えてくる。

外注先は、社内の人間ほど、会社固有の事情や、数字の背景にある現場の動きまでは把握できない場合がある。

何を外注し、何を社内に残すのか。

その判断をするためには、まず、その部門の価値作業を明確にしなければならない。

価値作業を定義しないまま外注化や自動化を進めれば、定型作業だけでなく、

会社固有の事情を理解する力。

数字と現場を結びつける力。

経営者の判断を支援する力。

中核部門が仕事をしやすい状態をつくる力。

こうした機能まで失う可能性がある。

先に考えるべきなのは、人を何人減らせるかではない。

この部門は、経営にどのような価値を提供しているのか。

中核部門の成果を、どのように支えているのか。

社員が仕事をしやすい状態を、どのようにつくっているのか。

どの仕事をAIや外注に任せ、どの仕事を社内の人が担うべきなのか。

そこを明らかにすることである。

人を減らすためではなく、価値作業を増やすための省力化

『これは経費で落ちません!』を観て、経理の仕事とは、経費を認めるか認めないかを判断するだけの仕事ではないと改めて感じた。

必要な経費を正しく計上し、会社の活動を数字に表す。

数字と成果との関係を明らかにする。

数字の背景に何があるのかを考える。

経営者や現場が、正しい判断をできるように支援する。

これが、経理の価値作業である。

事務部門も同じである。

書類を作ることや電話を受けること自体が、最終的な価値ではない。

その仕事によって、誰が仕事をしやすくなったのか。

どの部門の成果が高まったのか。

どの受注機会を逃さずに済んだのか。

どの問題を早く発見できたのか。

そこまで見て、初めて間接部門の価値が見えてくる。

AI時代に必要なのは、経理や事務をなくすことではない。

定型作業を減らし、人の仕事を、経営支援や中核部門の支援へ移行させることである。

人を減らすための省力化ではなく、人がより価値の高い仕事をするための省力化。

それが、本来目指すべき方向ではないだろうか。