福岡の経営コンサルタント|笑顔商店

聖夜のスクリーンに映し出された、ある「問い」――「命を燃やす」という真実

街がイルミネーションに彩られ、どこからか聞こえる賛美歌が冬の澄んだ空気に溶け込む12月。先日、私はあるクリスマスパーティに参加してきました。

美味しい料理、談笑する人々、華やかな装飾。例年通りの温かな集いでしたが、会の冒頭、会場前方のスクリーンに映し出された映像が、私の心を強く揺さぶりました。会の概要や活動の歩みが流れた最後、静かに、しかし力強く現れた一文。

「自分ができることに命を燃やす人であれ」

この言葉を目にした瞬間、周囲の喧騒がふっと消え、自分自身の内面と対峙するような感覚に陥りました。毎年のように掲げられているメッセージではありますが、今年はなぜか、これまでになく深い感慨となって胸に迫ってきたのです。

「命を燃やす」とは、使命を見つけること

「命を燃やす」という言葉は、単に忙しく働くことや、熱狂することではありません。それは、自分がこの世に生を受けた意味、すなわち**「使命(ミッション)」**を見つけることと同義ではないでしょうか。

私たちは往々にして、「何をすべきか」を社会の基準や他人の評価で判断しがちです。しかし、真に命が燃える瞬間というのは、**「自分ができること(素質・才能)」と、「成すべきこと(使命)」**がカチリと噛み合った時に訪れます。

「自分の素質や才能を正しく理解し、それを最大限に活かして、与えられた使命を全うしなさい」

スクリーンから放たれたメッセージを、私はそのように受け取りました。一見すると、それはシンプルで、当たり前のことのように思えるかもしれません。しかし、現実の世界でこれを実行できている人が、果たしてどれほどいるでしょうか。

「本当の自分」という迷宮

第一に、自分の本当の素質や才能に、一生涯を通じて気づける人がどれだけいるかという問題があります。

最近では占いや自己分析ツールが流行しており、「あなたはこういうタイプです」「これが適職です」と言われれば、一時は「当たっている」と納得するかもしれません。しかし、人間という存在は、それほど単純な図式で測れるものではありません。

私たちには多面性があります。

・初対面の人に見せる顔

・仕事の同僚に見せる顔

・家族の前で見せる顔

・そして、誰にも見せない自分だけの内面

これらがすべて一致している人など、まずいないでしょう。状況や環境、人間関係によって、私たちは無意識に自分を使い分けています。

ここで、大きな葛藤が生まれます。 「外面に見せたい自分」と「内面で感じている自分」の乖離です。

例えば、「外面では周囲を献身的にサポートする人でありたい」と願い、そのように振る舞っているとします。しかし、内面では「もっと自分のペースで、自由奔放に生きたい」と叫んでいる自分がいる。

そんな時、人は悩みます。「人の役に立ちたい自分と、自分勝手に生きたい自分。どちらが本当の私なのだろう?」と。

しかし、答えは意外とシンプルなのかもしれません。**「どちらも本来の自分である」**ということです。

この矛盾を受け入れるには、視点を少し高く、抽象度を上げる必要があります。どちらかを否定するのではなく、「自分の中には多面的な性質がある」と認め、そのバランスの妥協点を見つけていく。そのプロセスこそが、自分だけの「個」を形作っていくのです。

天から授かった「先天的な才能」の力

自分の素質を知る上で重要なのは、**「先天的(ギフト)」なものと、「後天的(スキル)」**なものを切り分けて考えることです。

私が考える「本当の才能」とは、天から授かった先天的で無限の力です。 それは、努力して身につけたというよりは、気づけば自然とできてしまっていたこと、あるいは、どれだけやっても苦にならない性質のことを指します。

・先天的な才: 磨けば磨くほど輝きを増し、成長のスピードも驚くほど速い。そして、消費期限がない。

・後天的な才: 努力や環境によって身につけた技術。便利ではあるが、時に消費期限があり、無理をして維持している場合はエネルギーを消耗させる。

ここで大切なのは、「自分にない才能」を追い求めないことです。

自分の素質を理解すれば、「これは自分にはできない(向いていない)」という領域が明確になります。そして、その足りない部分は、自分とは異なる才能を持つ他人に任せればいいのです。

自分が得意なことで誰かの役に立ち、自分が苦手なことで誰かに助けてもらう。そこに初めて、心からの「感謝」が生まれます。すべてを自分一人で完結させようとする傲慢さを手放したとき、私たちは本当の意味で自分の才能を磨くことに集中できるのです。

「ONE PIECE」に学ぶ、最高の生き方

自分の使命を見つけ、志を立てる。そして、自分とは異なる才能を持つ仲間と助け合いながら、共に命を燃やす。

この生き方のモデルとして、私の頭にふと浮かんだのは、漫画の『ONE PIECE』でした。

主人公のルフィは、海賊王になるという明確な「使命(志)」を持っていますが、彼一人では航海すらままなりません。

・剣術はゾロに任せる。

・航海術はナミに任せる。

・料理はサンジに任せる。

・狙撃はウソップに任せる。

ルフィは、自分が「できないこと」を潔く認め、仲間に頼ります。その代わり、自分にしかできない「戦うこと」と「仲間を信じること」に命を燃やします。一味のメンバーはそれぞれ、自分の先天的な素質を極限まで磨き、お互いの欠損を埋め合いながら、一つの大きな目的に向かって進んでいます。あのワクワクするような冒険の物語は、まさに「個の才能の解放」と「共創」が生み出すエネルギーの結晶なのです。

おわりに――あなたの「残り火」を何に使うか

クリスマスパーティの喧騒の中、スクリーンのメッセージを反芻しながら、私は改めて自分に問いかけました。

「私は、自分の素質を使い切っているだろうか?」 「私は、何に命を燃やしたいと思っているだろうか?」

人生の時間は有限です。「命を燃やす」とは、その限られた時間を、何のために捧げるかを決めることです。

もし今、あなたが自分の才能に迷い、外面と内面の葛藤に苦しんでいるのなら、まずは「多面的な自分」を丸ごと受け入れてみてください。そして、自分が自然とできてしまうこと、やっていて喜びを感じることに、意識のスポットライトを当ててみてください。

自分にないものを嘆くのではなく、自分にあるものを磨き抜く。 そして、違う才能を持つ仲間と手を携える。

そんな「命の燃やし方」ができたなら、人生はきっと、最高に幸せで、冒険に満ちたものになるはずです。

来年の今頃、再びあのスクリーンを見上げたとき、「今年も後悔なく命を燃やした」と胸を張って言える自分でありたい。聖夜の光に照らされながら、そんな決意を新たにした一夜でした。

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髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役