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梅に導かれた旅〜太宰府天満宮最高顧問から学んだこと

はじめに〜偶然?それとも必然?

最近、不思議なことが続いている。太宰府天満宮、島原城……気がつけば、梅に関わる場所ばかりを訪れているのだ。

「これって偶然なのかな?」

そんなことを考えていた矢先、太宰府天満宮で信じられないような機会に恵まれた。なんと、最高顧問の方(現宮司の父君)から直接お話を伺うことができたのだ。

その時に聞いた話が、あまりにも素晴らしくて。梅の歴史、神社の経営、街づくり、そしてリーダーシップ——いろんなことを考えさせられた。今日は、その体験と気づきを書き留めておきたいと思う。

梅って、こんなに古い歴史があったんだ

恥ずかしながら、私は梅についてあまり詳しくなかった。でも調べてみると、梅は日本に伝来した植物の中でも、最も古いものの一つなんだそうだ。

約1500年前、中国から日本に伝わった梅。当時は薬用植物として「烏梅(ウバイ)」という形で持ち込まれた。青梅を燻製にして真っ黒にしたもので、カラスのように黒いから「烏梅」。なんだか面白いネーミングだ。

中国では2000年前の薬物学書『神農本草経』にすでに梅の効用が書かれていたというから驚きだ。日本でも奈良時代の『万葉集』には梅を詠んだ歌がたくさん残っている。

実は、昔の「花見」は桜じゃなくて梅だったらしい。奈良時代の貴族たちは梅の花を愛でていた。平安時代になって徐々に桜の人気が高まり、主役が交代したんだとか。

そんな梅の歴史を知ってから、梅の花を見る目が変わった。ただ綺麗なだけじゃない。1500年もの時を超えて、今も私たちを楽しませてくれているんだ。

太宰府天満宮と梅、そして道真公

太宰府天満宮といえば、学問の神様・菅原道真公を祀る神社として有名だ。でも、道真公と梅の関係について、ちゃんと知っている人は意外と少ないかもしれない。

道真公は梅を心から愛していた。京都から大宰府に左遷される時、庭の梅の木に別れを告げて詠んだのが、あの有名な和歌だ。

「東風吹かば にほひおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ」

(春になったら、東風に乗って香りを届けておくれ、梅の花よ。主人がいなくなったからといって、春を忘れないでおくれ)

この歌が泣ける。権力争いに巻き込まれて、無実の罪で遠い九州に流される。その悲しみの中でも、愛する梅の木を気遣う優しさ。

そして、伝説がまた美しい。その梅の木が、一夜にして大宰府まで飛んできたという「飛梅伝説」。今も境内に御神木として大切にされている「飛梅」は、多くの参拝者が訪れる人気スポットだ。

先週訪れた時は、ちょうど7分咲きくらいだった。白梅、紅梅、一重、八重……約6000本もの梅が境内を彩っている。今頃はもう満開かもしれない。あの梅の香りに包まれた境内を思い出すと、また行きたくなる。

1100年以上続く、驚きの世襲制

太宰府天満宮には、もう一つ驚くべき特徴がある。それは、代々道真公の直系子孫が宮司を務めているということだ。

1100年以上、ずっと。現在の宮司は第41代目。これだけ長い期間、一族で神社を守り続けているのは、日本でも極めて稀なケースらしい。

道真公が大宰府で亡くなられたのが903年。その御霊を慰めるために建立されたのが太宰府天満宮の始まりで、以来、子孫が代々その御霊を守り、祭祀を執り行ってきた。血縁による信仰の継承が、令和の今日まで続いているのだ。

この事実を知った時、胸が熱くなった。1100年って、想像できる?平安時代から現代まで、ずっと。どれだけの歴史の重み、どれだけの責任を背負っているのだろう。

「常にチャーミングであれ」という哲学

そんな重い歴史を背負った神社のトップが、最高顧問としてお話しくださった内容は、想像以上に戦略的で、ビジョンに溢れていた。

特に印象に残ったのが、「常にチャーミングであれ」という言葉だ。

神社という伝統的で格式高い場所のトップが、「チャーミング」という言葉を大切にしている。これが、すごく意外で、でもすごく納得できた。

チャーミングって、ただ可愛らしいとか愛嬌があるということじゃない。きっと、もっと深い意味がある。

親しみやすさと威厳のバランス。伝統を守りながらも開かれた存在であること。人々を惹きつける魅力を持ち続けること。堅苦しさではなく、心からの温かさで人を迎えること。

そういう全てが込められた言葉なんだと思う。

実際、最高顧問の方のお話を伺っていて感じたのは、相談事に対する前向きさだった。何か問題があった時、「ダメ」で終わらせない。「もしできるとしたら、どうすればいいか」という可能性を探る姿勢。

これこそが「チャーミング」の実践なんだと思った。

参道のスタバが教えてくれたこと

その代表例が、参道にあるスターバックスの話だ。

最初は「絶対にダメ」という話だったらしい。そりゃそうだ。伝統的な参道に、アメリカ発のチェーン店。普通なら拒絶して終わりだろう。

でも、最高顧問の方は発想を変えた。

「もし受け入れるとすれば、どうあるべきか?」

この問いかけが、全てを変えた。

結果として生まれたのが、建築家・隈研吾氏設計の、あの美しい木組みのスターバックス。2000本もの杉材を使った伝統的な構造。スターバックスのロゴやグリーンを抑えた和の佇まい。参道の景観に完璧に溶け込んでいる。

これ、すごいことだと思う。

「ダメ」で終わらせていたら、今のような美しい調和は生まれなかった。「もし受け入れるとすれば」という問いかけが、スターバックス側の最高の創造性を引き出したんだ。

ここから学んだのは、柔軟さと懐の深さだ。そして、相手の良いところを引き出す交渉術。Win-Winを生み出す力。

流石は道真公の子孫。頭が切れるなあと、心から思った。

「守るべきもの」と「変えてもいいもの」

最高顧問の方のお話で、もう一つ強く印象に残ったのが、「守るべきもの」と「変えてもいいもの」を明確に区別しているということだ。

これこそが、1100年以上続く伝統を現代に継承できている秘訣なんだと思う。

守るべきものは:

天神様

祈り・神事

神聖な空間

天神の社

自然

御社殿や宝物

変えてもいいものは:

守るべきもの以外のすべて

つまり、参拝者を迎える方法、境内の施設や参道の店舗、情報発信の手段、現代の人々との接点の作り方……本質を損なわない限り、あらゆることが変革の対象になりうるということだ。

そして最高顧問の方は、こうおっしゃっていた。

「歴史を紡ぐということは、受け継いできたものをただ守り伝えるだけではなく、先人たちの歴史や想いをヒントに時代に合った方法や手段を考え抜いて、本質や根幹は変えずに、新たな形を生み出していくことではないだろうか」

この言葉に、私は深く共鳴した。実は、私自身が「伝統」や「伝承」について考えてきたこととほとんど同じだったからだ。

伝統とは、過去を化石のように保存することではない。先人の知恵と想いを受け継ぎながら、それを現代という時代の中で生き生きと輝かせること。本質は守りながら、形は時代とともに進化させていくこと。

多くの伝統組織が衰退するのは、全てを守ろうとして硬直化するか、全てを変えて本質を失うか、どちらかなんだと思う。

でも、本質(守るべきコア)を深く理解しているからこそ、形式や手段(変えてもいいもの)を大胆に変えられる。この勇気と柔軟性こそが、1100年という途方もない時間を乗り越えてきた秘訣なのだろう。

スターバックスの例で言えば:

守るべき:参道の神聖さ、景観の調和、天神様への敬意

変えてもいい:利便性の提供方法、休憩場所のあり方、現代的なニーズへの対応

この明確な区別があったからこそ、「もし受け入れるとすれば」という建設的な対話が生まれ、結果として世界的に評価される美しい建築が誕生したんだ。

これって、ビジネスでも人生でも応用できる普遍的な知恵だと思う。いや、私が以前から考えていたことと同じだったからこそ、最高顧問の方のお話がこれほど心に響いたのかもしれない。

街づくりの視点がすごい

そして、最も「さすが!」と思ったのが、街づくりの視点を持っておられることだ。

神社という一施設の枠を超えて、街全体を見据えている。

太宰府天満宮は年間約1000万人が訪れる一大集客拠点。地域経済や文化の核であり、街のアイデンティティそのものだ。

参道のスターバックスを受け入れたのも、おそらく:

参道全体の活性化

地域の商店街との共存共栄

訪問者の滞在時間の延長

質の高い景観づくりのモデルケース

そういう街全体を見据えた判断だったんだろう。

結果として:

参道全体のブランド価値が向上

「伝統と現代が調和する街」というイメージ確立

他の店舗にも良い影響

太宰府市全体の知名度アップ

神社が繁栄しても、周辺の街が衰退したら意味がない。街全体が魅力的であれば、参拝者も増えるし、地域住民の生活も豊かになるし、次世代に継承できる活力ある街になる。

これは「三方よし」ならぬ「多方よし」の発想だ。

考えてみれば、道真公も学者であると同時に優れた政治家だった。右大臣として国全体の統治を考えていた。その血を引く子孫が、現代において街づくりの視点を持たれているのは、まさに道真公の精神の継承なのかもしれない。

竈門神社の成功に見る「運を味方につける力」

最高顧問の方は現在、近くにある竈門神社(かまどじんじゃ)の宮司もされているそうだ。

そして、その成果が素晴らしい。

年間30万人だった参拝客が、今では100万人になっているという。約3倍以上の増加だ。

成功の要因は二つ。

一つは、地道な努力。古い神社の改装、参拝客への効果的な宣伝。「守るべきもの」と「変えてもいいもの」を見極めながら、着実に改善を続けてきた。

もう一つは、偶然のチャンス。人気アニメ「鬼滅の刃」の主人公が「竈門炭治郎」という名前で、竈門神社が聖地として注目されたのだ。

でも、ここで重要なのは、「運が良かっただけ」じゃないということ。

準備していないと、運は掴めない。

改装や宣伝などの基盤整備をしていたからこそ、鬼滅ブームという大きなチャンスが来た時に、それを受け止めることができた。もし神社が老朽化したまま、受け入れ態勢が整っていなければ、せっかくの来訪者も定着しなかっただろう。

「Luck is what happens when preparation meets opportunity(運とは、準備と機会が出会った時に起こるもの)」

まさにこの言葉通りだ。

最高顧問の方は:

常に改善を続けていた(準備)

チャンスが来た時に柔軟に対応した(機会を掴む)

一過性のブームで終わらせない工夫をした(持続性)

運を待つのではなく、運が来た時の準備をしている。チャンスを見極める感性を持っている。予想外の出来事も前向きに活かす柔軟性がある。

これこそが「運を味方につける」力なんだと思った。

考えてみれば、道真公も学問の才能(準備)があったからこそ、政治の世界で活躍する機会(運)を掴んだ。左遷という不運すら、後世では「学問の神様」という新たな意味を持った。

最高顧問の方は、その精神を現代に体現されているのかもしれない。

梅に導かれた旅の意味

最初は「偶然かな?」と思っていた、梅に関わる場所への旅。

でも、こうして振り返ってみると、偶然じゃない気がしてきた。

太宰府天満宮、島原城、そして最高顧問の方との出会い。梅を通じて、日本の歴史、文化、精神性、そして現代のリーダーシップのあり方まで、たくさんのことを学んだ。

梅は1500年前に日本に伝わって以来、ずっと人々に愛されてきた。寒い冬を耐えて、誰よりも早く春の訪れを告げる花。その姿は、忍耐と希望の象徴だ。

道真公が愛した梅。1100年以上守られてきた伝統。そして、その伝統を現代に生かす知恵。

「常にチャーミングであれ」 「守るべきものと変えてもいいものを区別する」 「街全体を見据える」 「運を味方につける準備をする」

これらは全て、梅のように——厳しい冬を耐えながら、春に美しく花開く——そんな生き方にも通じる気がする。

先週7分咲きだった太宰府天満宮の梅は、今頃満開を迎えているだろう。

また訪れたい。満開の梅を前にして、最高顧問の方から伺ったお話を思い出したい。

梅に導かれた旅は、まだ続いている。

これからどんな出会いがあるのか、どんな学びがあるのか。楽しみでならない。

あとがき

この文章を書きながら、改めて思った。人生で「偶然」だと思っていることの多くは、実は必然なのかもしれない。

出会うべき人に出会い、学ぶべきことを学ぶ。それが自然と起こるような流れが、きっとあるんだと思う。

梅の季節に、梅を愛した道真公の子孫から、深い知恵を授かる。

これは、単なる観光でも、単なる神社参拝でもなかった。人生の中で大切な何かを学ぶための、意味のある旅だったんだと思う。

あなたも、もし機会があれば、梅の季節に太宰府を訪れてみてほしい。梅の香りに包まれながら、1100年の歴史に思いを馳せる。きっと、何か大切なことに気づけるはずだから。

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