――「誰の、どんな未来のために」が組織に火を灯す
はじめに:手法(ハウツー)では現状を突破できない
現代の経営環境は、出口の見えないトンネルのように感じられることがあります。物価高騰、人手不足、激しい市場の変化。多くの経営者が「何か新しい手法を導入しなければ」「もっと効率化しなければ」と、目先の解決策を求めて奔走しています。
しかし、長年多くの社長の横顔を見続けてきた私には、一つの確実な予感があります。現状を変えるために本当に必要なのは、最新のフレームワークでも、ITツールでもありません。それは、経営者の心の奥底に燃える*未来への希望」という名のエネルギーです。
なぜ、ある社長は困難を前にして軽々と壁を越えていき、ある社長は立ち止まってしまうのか。その違いを解き明かす鍵は、心理学的な「希望の構造」と、そこに注ぎ込まれる「愛」という名のガソリンにありました。
希望の心理学――「明日」を創る3つの力
希望とは、単なる「こうなったらいいな」という楽観的な願望ではありません。心理学者のチャールズ・R・スナイダーによれば、希望は以下の3つの要素から成る、極めて知的な戦略的思考です。
1.目標(Goal): 具体的に描かれた「こうありたい」という未来。
2.経路(Pathways): 目標に到達するための道を、何度阻まれても見つけ出す力。
3.主体性(Agency): 「自分ならできる」という確信と、前へ進む意志。
希望を持つとき、脳内ではドーパミンなどの神経伝達物質が活性化し、私たちのパフォーマンスを劇的に引き上げます。経営者が「この苦境を抜けた先に、素晴らしい景色がある」と心から信じられたとき、現状という名の重力は、上昇気流へと変わるのです。
社長たちの命運を分けるもの――「受け渡し先」の有無
私が目撃してきた中で、最も「希望」の力を感じたのは、跡継ぎ問題に直面する経営者たちの姿です。
1. 跡取りがいる強さ
突然の不幸で、何の準備もなく夫から経営のバトンを引き継いだ女性社長がいました。彼女を支えたのは、経営知識ではありませんでした。「この子に、お父さんが遺した会社を立派に繋ぎたい」という、未来の後継者への愛でした。
「この子のために」という具体的な対象があるとき、希望は具体性を帯び、深夜まで及ぶ激務も、資金繰りの苦しみも、彼女にとっては「未来への投資」に変わりました。
2. 目的を見失う脆さ
一方で、経営の才覚がありながらも、途中で心が折れてしまう社長もいます。多くの場合、その背景には「後継者不在」という現実がありました。「自分がどれだけ頑張っても、この先どうなるのか?」――希望の「受け渡し先」を失った瞬間、どんなに優秀な経営者でも、エンジンが止まってしまうのです。
このことから分かる真理は、「希望には具体的な『対象』が必要である」ということです。
歴史の極限に学ぶ「愛」と「希望」の重み
「誰かのために、自分を投げ出す」という精神の極致を、私たちは歴史の中にも見ることができます。かつての特攻隊員たちの存在です。
1. 託された日本、預かった未来
彼らは、本来なら輝かしい未来があったはずの若者たちです。戦争という、個人では抗えない過酷な状況下において、彼らは自らの命を捧げる決断をしました。その遺書に綴られていたのは、抽象的な国家論ではなく、「故郷の母の笑顔」や「愛する家族が生きる日本の未来」でした。
「自分がここで盾となることで、愛する人たちが生きる未来を守れる」。
彼らは、極限の「絶望」の中でも、自分を消してまでも守りたい「未来への希望」を信じました。もちろん、戦争と経営は違います。戦争は個人の意志を奪う非日常であり、死という選択肢が取られてしまった悲劇です。しかし、彼らが命がけで信じた「日本の未来」が、今の私たちの豊かさの礎になっていることは否定できない事実です。
2. 経営における「惜しみない献身」
経営において「死ぬ」という選択肢は間違いです。経営の目的は「生き続けること」だからです。
しかし、特攻隊の方々が持っていた**「自分のエゴを超えて、誰かの未来のために全力を尽くす」**という精神性は、経営者が組織を守る際の「覚悟」に通じるものがあります。
自分の時間、自分の贅沢、あるいは自分のプライドを「惜しみなく」投げ出し、従業員や顧客の未来に捧げる。この「愛」を伴った希望こそが、現状を変える爆発的なエネルギーを生むのです。
現状を突破する「方程式」
ここまでの洞察から、一つの公式が導き出されます。
現状を変える力 = 未来への希望× 愛
1. 愛がなければ希望は続かない
「自分のために成功したい」という希望は、挫折に弱いものです。自分が苦しくなれば、諦める理由を探してしまうからです。しかし、「誰かのために」という愛が加わった希望は、強靭です。
2. 自己犠牲を「誇り」に変える力
経営者が自分の報酬を削ってでも社員のボーナスを守る、あるいは不眠不休で新しい事業を立ち上げる。それは傍から見れば「犠牲」に見えるかもしれません。しかし、そこに「愛する社員の笑顔」や「社会に貢献する喜び」という希望があるとき、それは苦痛ではなく、経営者としての究極の「誇り」になります。
魂を吹き込む「経営指針書」の作り方
この方程式を組織に実装する手段が「経営指針書」です。しかし、多くの指針書がただの置物になっているのはなぜでしょうか。
1. 抽象的な言葉には熱がない
「社会貢献」「顧客第一」……。これらの言葉に嘘はありませんが、誰の顔も浮かびません。特攻隊員が「故郷の田んぼ」や「母の顔」を思い浮かべたように、経営指針書には**「生身の人間」**が登場しなければなりません。
2. 「誰の、どんな未来のために存在するのか?」
指針書を作る前に、経営者は自分自身にこう問いかけてください。
「私は、誰の幸せのために、この苦労を買って出ているのか?」
「この会社が10年後、誰を笑顔にしていれば、私は『やってよかった』と笑えるのか?」
この問いから紡ぎ出された言葉こそが、指針書に魂を吹き込みます。
●自分の子供を誇らしく思える会社にしたい
●従業員が「この会社で働いてよかった」と家族に自慢できる未来を作りたい
こうした「愛」に基づいた具体的な「希望」が語られるとき、指針書は現状を変える武器になります。
おわりに:次世代へバトンを繋ぐために
「未来への希望が、現状を変えるエネルギーになる」
これは、私が数多の経営現場で、泥臭い人間ドラマを目の当たりにして辿り着いた、動かしがたい「核心」です。
私たちは今、先人たちが命懸けで守り、繋いでくれた「希望」という名の舞台の上に立っています。戦争という凄絶な悲劇の中で、彼らが命と引き換えにしてでも私たちに残そうとした日本。そのバトンを今、手のひらに感じているのが、私たち経営者ではないでしょうか。
経営における自己犠牲とは、決して自らを滅ぼすことではありません。 それは、預かったこのバトンを、さらに光り輝くものにして次世代へ手渡すために、自らの情熱と時間を「惜しみなく、喜んで注ぎ込む」という決意です。
あなたの掲げる経営指針書に、その「愛」は宿っているでしょうか。 その言葉の向こう側に、あなたが心から守りたい「誰かの笑顔」は見えていますか。
「誰の、どんな未来のために、私は今日を生きるのか」
その答えを、建前を脱ぎ捨てて語り始めたとき、あなたの手にある指針書は、停滞した現状を打ち破る、熱く、力強い「命の火」に変わるはずです。

髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役