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富士からの手紙:心の霧を晴らし、内なる霊峰を見つめる新年

明けましておめでとうございます。

皆様は、どのような年末年始を過ごされたでしょうか。新しい年の始まりは、いつだって少し背筋が伸びるような、清々しい緊張感と希望に満ちています。

私は今年の年末年始、幸運なことに山中湖で過ごす機会に恵まれました。都会の喧騒を離れ、静寂な湖畔の空気に触れる時間は、一年間走り続けてきた心身をリセットするのに、これ以上ない環境でした。

絶景が教えてくれた、エネルギーの根源

今回の旅は、天候の神様が味方してくれたとしか思えないスタートでした。

宿泊したホテルは、窓から富士山が真正面に見えるという、これ以上ない絶好のロケーション。部屋に入り、カーテンを開けた瞬間、そこにそびえ立つ圧倒的な存在感に、思わず息をの言葉を失いました。

冬の澄み切った青空を背景に、雪化粧を施した完璧な円錐形の姿。それは単なる美しい風景という枠を超え、何か神々しい、畏怖の念すら抱かせる光景でした。

さらに贅沢なことに、ホテルの露天風呂からもその姿を拝むことができました。冷たく張り詰めた冬の大気の中で、温かい湯に浸かりながら、目の前に広がる日本一の山を見つめる。体は芯から温まり、視界には雄大な富士。その時、私は明確に感じました。富士山という存在そのものから発せられる、強大で静謐なエネルギーを。ただ見ているだけで、体の奥底から力が湧いてくるような、不思議な感覚でした。

特に元旦は、事前の天気予報では曇りと言われていたのです。初日の出や、新年の美しい姿は拝めないかもしれないと半ば諦めていました。ところが、蓋を開けてみれば、結果的に雲一つない快晴。これほどまでに天気に恵まれた新年を迎えられたことに、心から感謝しました。幸先の良いスタートに、今年一年への期待が大きく膨らんだ瞬間でした。

突然の霧と、心の視界不良

しかし、自然は常に同じ顔を見せてはくれません。

翌日、目を覚ますと、窓の外は一面の曇り空でした。昨日まであれほど圧倒的な存在感を放っていた富士山が、全く見えないのです。こんなに近くにいるはずなのに、その輪郭すら掴めない。まるで最初からそこに存在しなかったかのような、厚い雲のヴェールに包まれていました。

昨日とのあまりの落差に、少し残念な気持ちになりながら、私はふと、あることに気が付きました。

「これは、人の心と全く同じではないか」と。

私たちは皆、自分の中に「目指すべき山」を持っているのではないでしょうか。それは、人生の大きな目標であったり、達成したい夢であったり、あるいは「こうありたい」と願う理想の自分自身の姿であったりします。いわば、一人ひとりが心の中に「内なる富士山」を持っているのです。

調子が良い時、私たちはその山をはっきりと見ることができます。

やるべきことが明確に見え、モチベーションは高く、エネルギーに満ち溢れている。昨日の快晴の空の下、堂々とそびえ立つ富士山のように、私たちの目標は輝いて見え、そこへ向かう道筋もクリアに見渡せます。「よし、あの頂上を目指して頑張ろう」と、迷いなく一歩を踏み出せる時期です。

しかし、人生はいつまでも快晴が続くわけではありません。

仕事での失敗、人間関係のトラブル、予期せぬ体調不良、あるいは漠然とした将来への不安。様々な要因で、私たちの心は調子を崩します。心が曇り始めると、途端に視界は悪くなります。

あんなに明確に見えていたはずの目標が、見えなくなってしまう。自分がどこに向かっているのか、何のために頑張っているのかが分からなくなる。富士山ほど巨大な山でさえ、雲がかかればその姿を完全に隠してしまうように、私たちの心に霧がかかれば、どんなに大きな夢や確固たる目標であっても、見失ってしまうのです。

心の羅針盤:「計画書」という名のアンカー

この気づきは、私にとって大きな収穫でした。重要なのは、「曇りの日」をどう乗り越えるかということです。

世の中で成功者と呼ばれている人たちも、常に快晴の日々を送っているわけではないはずです。彼らもまた、深い霧に包まれ、目標を見失いそうになる瞬間を経験しているでしょう。

では、彼らとそうでない人の違いは何でしょうか。それは、調子が悪い「曇りの時期」をリカバリーする手段を持っているか、そして、その視界不良の時間をいかに短くするかという術を身につけているか、という点にあるのではないでしょうか。

心の霧に包まれ、内なる富士山が見えなくなった時、私が役に立つと感じたのが「計画書」の存在です。

これは事業計画のような大掛かりなものだけでなく、普段の生活における「やりたいことリスト」や「今年の目標シート」のようなものでも構いません。自分が調子の良い時、視界がクリアな時に書き記した、目的や具体的な行動指針です。

心の調子が悪くなり、霧の中を彷徨い始めた時、この計画書を見返すことは、強力なアンカー(錨)の役割を果たしてくれます。「今、自分は霧の中にいて混乱しているけれど、本来目指していた方向はこっちだった」と、我に返ることができるのです。

感情の波に飲み込まれそうな時、冷静に記述された文字は、私たちを客観的な視点へと引き戻してくれます。計画書は、心の視界が晴れるまでの間、私たちが遭難しないように導いてくれる羅針盤そのものなのです。

富士山が見えなかったあの曇りの日、私はそんなことを静かに感じていました。

なぜ富士山は特別なのか? 霊峰が持つスピリチュアルな力

今回、肌で感じた富士山のエネルギー。それは単なる思い込みではなく、古来より日本人が感じ、信仰してきたものでもあります。改めて富士山という存在が持つ意味を紐解いてみると、そこには深い歴史と精神性がありました。

富士山は、古くから「霊峰」として崇められてきました。その完璧なまでに美しい姿と、かつては噴火を繰り返していたという荒々しい力強さ。この二面性から、人々はそこに神々の存在を感じ、畏敬の念を抱いてきたのです。

平安時代から中世にかけては、修験道の道場として栄えました。厳しい自然の中で修行を行う人々にとって、富士山はこの世(現世)とあの世(来世)の境界に立つ特別な場所でした。そのため、富士山は「再生」と「蘇り」を象徴する聖地とされてきたのです。

興味深いことに、富士山のある甲斐の国(現在の山梨県)は、古くから不老不死の神仙の地、死者が蘇る地として考えられていました。「蘇り(よみがえり)」が「不死(ふし)」となり、それが「富士(ふじ)」という名前に繋がったという説もあるほどです。新しい年を迎え、心機一転を図ろうとする私たちにとって、富士山が「再生の象徴」であることは、非常に示唆に富んでいます。

強力な「陽」の気と浄化の力

富士山が持つパワーには、いくつかの際立った特徴があります。

まず、日本三大パワースポットの一つであり、世界七大聖山の一つにも数えられている点です。山そのものが御神体であり、そこに存在するだけで、周囲の空間を聖なるエネルギーで満たしています。

次に注目すべきは、「浄化と再生の力」です。 富士山の麓に湧き出る水や湖には、強力なヒーリングパワーがあるとされています。富士山に降った雨や雪は、数十年の歳月をかけて地下の溶岩層で濾過され、ミネラルをたっぷりと含んだ清冽な水となって地表に現れます。特に、富士山本宮浅間大社の境内にある「湧玉池(わくたまいけ)」は有名です。ここの水は、訪れる人の気を浄化し、心を洗い流してくれると言われています。心の霧を晴らすためには、まず澱んだものを浄化する必要があり、富士の水はそのための最適なツールなのです。

そして、富士山は風水において、強力な**「陽」の気**を持つとされています。 「陽」の気とは、明るさ、温かさ、活動、前進、発展を象徴するエネルギーです。富士山と対峙することで得られるのは、単なる癒やしだけではありません。「よし、やるぞ!」という活力や、困難に立ち向かい前進する力を与えてくれるのです。そのため、金運や商売繁盛、開運招福といった、人生を積極的に切り拓いていくためのご利益が強いとされています。

結び:内なる空を晴らす一年に

今回の山中湖への旅は、単なるリフレッシュ以上のものを私に与えてくれました。

晴天の富士山から受け取った圧倒的な陽のエネルギーと、曇天の富士山が見せてくれた心の在り方の真理。

私たちは皆、それぞれの胸に、自分だけの富士山を抱いています。 今年一年、きっと何度も心の空模様は変化するでしょう。時には厚い雲に覆われ、目指すべき頂上が見えなくなる日もあるはずです。

そんな時こそ、焦らず、腐らず、今回学んだことを思い出したいと思います。雲の上には常に青空が広がっていること。そして、視界が悪い時こそ、自分が晴れた日に描いた「計画書」という羅針盤を信じること。

必要であれば、富士山周辺のパワースポット――日本最強とも称される北口本宮冨士浅間神社や、天空の鳥居で知られる河口浅間神社、そして浄化の湧玉池など――を訪れ、その強力なエネルギーに触れて、心の洗濯をするのも良いでしょう。

富士山は、単なる美しい山ではありません。古来より日本人の精神性と深く結びつき、私たちを見守り、時に厳しく、時に優しくエネルギーを与え続けてくれる、偉大な霊的源泉です。

今年が皆様にとって、心の中の霧が晴れ、それぞれの内なる富士山が美しく輝く一年となりますように。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役