福岡の経営コンサルタント|笑顔商店

ラブホテル業界に学ぶ、資格社会の落とし穴

ラブホテル業界は、長い間、一般のホテルよりも下に見られがちな存在だった。

言葉の響きからしてそうだし、世間の持つイメージも大きい。
「ホテル」はどこか上品で健全な印象があり、「ラブホテル」にはどこか後ろめたさや、表に出しにくい空気がまとわりつく。
実際、ラブホテルの経営者たち自身も、そのことをよく分かっていた。だからこそ昔から、「何とかイメージを良くしたい」「ただの色物ではなく、きちんとした空間サービス業として認められたい」と努力を重ねてきたのである。

そして私は、この構造は何もホテル業界だけの話ではないと思っている。
むしろ、我々コンサルタント業界や士業の世界にも、よく似た落とし穴があるのではないかと感じている。

低く見られる側は、努力せざるを得ない

ラブホテルは、ただ部屋を貸しているだけでは生き残れない。
普通のホテル以上に、お客様の心理に敏感でなければならない。

どうすれば入りやすいのか。
どうすれば気まずさを感じさせずに済むのか。
どうすれば安心して使ってもらえるのか。
どうすれば女性からも「清潔」「きれい」「また使いたい」と思ってもらえるのか。

こうした問いに真剣に向き合い続けてきた結果、ラブホテル業界は実はかなり先進的だった。

無人受付。
自動精算。
非対面の導線設計。
短時間利用。
昼間利用。
そして空間そのものを“非日常体験”として磨いていく発想。

今でこそ一般のホテルでも、非対面チェックインやデイユース、短時間利用のプランは珍しくない。
しかし、それらの多くは、ラブホテル業界ではずっと前から実践されていたことでもある。
少し強めに言えば、一般のホテルが後から取り入れたサービスの中には、ラブホテルが先に磨いていた発想が少なくない。

なぜそうなったのか。
理由は単純だ。
ラブホテルの方が、顧客の“本音”に向き合わざるを得なかったからである。

一般のホテルは、「宿泊」「出張」「観光」といった建前の上に成り立ちやすい。
しかしラブホテルは違う。
人はなぜその空間を求めるのか。
何を嫌がり、何を求めているのか。
その現実から目をそらせない。

だからこそ、顧客の気持ちに寄り添い、導線を工夫し、内装を整え、サービスを進化させてきた。
世間からは下に見られがちだったかもしれない。
しかし、その“下に見られる立場”だったからこそ、むしろ真剣に経営を磨いてきたとも言える。

コロナ禍で見えた「本当の強さ」

その構造が象徴的に表れたのが、コロナ禍だったように思う。

一般のホテルは、観光客や出張需要の激減によって大きな打撃を受けた。
稼働率が落ち込み、閑古鳥が鳴く施設も少なくなかった。
一方で、ラブホテルは満室ということも珍しくなかった。

もちろん一概には言えない。
地域差もあるし、施設差もある。
しかし少なくとも、「ホテルの方が格上で安定している」「ラブホテルの方が弱い」という世間のイメージが、そのまま経営の強さを意味しないことははっきりした。

一般のホテルが依存していたのは、移動や観光という外部環境に左右される需要である。
一方でラブホテルが向き合っていたのは、人間のもっと根源的な感情や関係性のニーズだった。

人は移動しなくなることはあっても、誰かと会いたいという気持ちまで消えるわけではない。
二人だけになれる空間が欲しいというニーズまでなくなるわけではない。
つまり、ラブホテル業界は「本音の需要」に向き合っていたからこそ、外から見たイメージ以上に強かったのである。

ここに、私は大きな示唆を感じる。

社会的な評価が高いことと、顧客理解が深いことは必ずしも一致しない。
むしろ、社会的に低く見られやすい側の方が、顧客に選ばれるための本質的な努力を重ねていることがあるのだ。

この構造は士業やコンサル業界にもある

そして、この構造は我々の業界にも非常によく似ている。

それが、有資格者と無資格者の関係である。

資格は大事だ。
それは間違いない。
資格を取得するには学習が必要であり、一定の知識や理解の証明にもなる。
顧客から見ても、「この人は資格を持っている」というだけで安心材料になる。
だから有資格者は、最初に選ばれやすい。

しかし、ここに落とし穴がある。

有資格者は、制度や社会的信用に守られやすい。
いわば“看板”の力がある。
ある種の利権構造の中で、一定の信頼や仕事が入りやすいこともある。
もちろんそれ自体が悪いわけではない。
だが、安全であるがゆえに、成長への危機感が弱くなることがある。

資格がある。
肩書きがある。
先生と呼ばれる。
すると、どこかで「自分は大丈夫だ」と思ってしまう人が出てくる。

一方で、無資格者はどうか。
彼らには、最初から信用があるわけではない。
顧客に対して「自分は何者か」を説明しなければならない。
選ばれるためには、看板ではなく実力で示すしかない。

だからこそ、提案力を磨く。
現場感覚を鍛える。
顧客の悩みを深く理解する。
結果を出す。
分かりやすく価値を伝える。
その努力を、否応なく求められる。

もちろん、無資格者もピンキリである。
いい加減な人もいれば、実力のある人もいる。
それは有資格者も同じだ。
ただ少なくとも、プロの目で見れば「この人は資格がないのに本当にすごい」と思う人が、決して少なくないのも事実だ。

ところが顧客は、その違いを見抜きにくい。
だからどうしても、分かりやすい資格や肩書きのある人の方が選ばれやすい。
これもまた自然なことである。

しかし、だからこそ有資格者は油断してはいけない。
“選ばれやすい”ことと、“本当に価値が高い”ことは同じではないからだ。

資格は入口にはなるが、価値を保証し続けるものではない

資格は信頼の入口にはなる。
だが、価値そのものを永遠に保証してくれるわけではない。

これはとても大事なことだと思う。

世間的なイメージが良い。
制度に守られている。
肩書きがある。
先生と呼ばれる。
そうしたものは、確かに有利に働く。
だが、その有利さに胡坐をかいた瞬間から、人は成長を止めてしまう。

そしてその間にも、下に見られがちな側、資格がない側、表の看板を持たない側が、静かに努力を積み重ねている。
顧客の本音をつかみ、実力を磨き、現場で信頼を勝ち取っていく。

気づいた時には、その差が大きく開いていることもある。
最初は看板で勝っていたはずなのに、いつの間にか中身で負けている。
そんなことは、どの業界でも起こり得る。

つまり本当に怖いのは、資格がないことではない。
今ある信用に安心してしまうことなのだ。

人生はオセロゲームに似ている

私はよく、人生や経営はオセロゲームに似ていると思う。

最初は有利に見える。
盤面も広く押さえている。
周囲からも安定して見える。
だが、ある一手で流れが変わることがある。
それまで優勢だったはずの石が、一気にひっくり返ることがある。

資格もそうだ。
ブランドもそうだ。
今の優位もそうだ。

「自分は有資格者だから大丈夫」
「自分は社会的信用があるから大丈夫」
「今まで選ばれてきたから大丈夫」

そう思っているうちに、足元では別の人が着実に力をつけているかもしれない。
看板はなくても、顧客理解で勝っている。
資格はなくても、提案力で勝っている。
肩書きはなくても、結果で勝っている。

そしてある日、盤面が一気に変わる。
これがオセロの怖さであり、人生の怖さでもある。

だからこそ、有資格者は資格に胡坐をかいてはいけない。
無資格者は資格がないことを言い訳にしてはいけない。
どちらも結局、問われるのは「顧客のためにどれだけ成長し続けているか」なのである。

本当のプロとは何か

本当のプロとは、資格を持っている人ではない。
肩書きが立派な人でもない。
世間から上に見られている人でもない。

本当のプロとは、どんな立場にいても胡坐をかかず、学び続け、顧客のために自分を磨き続ける人だと思う。

ラブホテル業界は、まさにそれを教えてくれる。
低く見られやすい。
色眼鏡で見られやすい。
それでも、顧客の本音に向き合い、サービスを磨き、時代に合わせて進化してきた。
その姿勢があったからこそ、表向きのイメージとは別に、経営の強さを持っていた。

これは士業やコンサル業界も同じである。

資格があることは強みだ。
だが、それはあくまでスタート地点の優位であって、ゴールまで保証してくれるものではない。
本当に選ばれ続ける人は、資格の上に努力を重ねる人だ。
顧客のために学び続ける人だ。
そして、看板ではなく中身で勝負できる人だ。

だから私は思う。
資格や今の良いイメージに安心してはいけない。
むしろ、それを持っている人ほど、自分を厳しく見なければならない。

いま自分は、本当に顧客のために成長しているか。
いま自分は、看板の力ではなく、中身の力で選ばれているか。
いま自分は、静かに追い上げてくる人たちに対して、学び続ける姿勢を持てているか。

人生はオセロゲームに似ている。
いま優位に見えても、最後まで優位とは限らない。
だからこそ、資格に胡坐をかくな。
今のイメージに甘えるな。
そして、顧客のために成長を志し続けること。
それこそが、時代が変わってもひっくり返されない、本当の強さなのだと

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髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役