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マスコミの情報は嘘だらけ?元テレビ局員の告白から見えた「報道の裏側」と構造的欠陥

「テレビが言っていることは、どこか信じられない」

「ネットの情報の方が、よっぽど真実に近いのではないか」

近年、私たちの多くが抱いているこの**「マスコミへの不信感」。SNSを開けば、連日のように既存メディアへの批判が飛び交い、「マスゴミ」という言葉も定着してしまいました。

しかし、彼らは本当に「意図的に嘘を吐いている」のでしょうか?それとも、私たちが知らない「ニュースが作られる仕組み」そのものに、何らかの歪みが生じているのでしょうか。

先日、ある元テレビ局の報道局員の方からお話を伺う機会がありました。彼は、コロナ禍における報道のあり方に疑問を感じ、長年勤めた放送局を後にした人物です。

彼が語った「現場のリアル」から見えてきた、現代メディアが「嘘だらけ」と言われる真相について解説します。

現場を去った理由:コロナ報道と「世間の声」の乖離

彼がテレビ局を去る決意をした決定的なきっかけは、コロナ禍における報道のあり方だったといいます。

当時、テレビ画面から流れてくるのは、連日の感染者数と、自粛を促す専門家の声、そして危機感を煽るような演出ばかりでした。しかし、一歩街へ出れば、そこには経済的な困窮に喘ぐ店主や、過剰な自粛に疑問を抱く若者、そして科学的なデータに基づいた慎重な議論を求める市民の声がありました。

「現場で取材をしていても、放送されるのは『局の方針』に沿ったコメントだけ。世間のリアルな空気感と、放送内容がどんどん乖離していく。自分たちが作っているのは、真実ではなく『求められている物語』なのではないか……。その葛藤に耐えられなくなりました」

彼は静かにそう語りました。なぜ、現場の人間ですら違和感を抱くような状況が生まれてしまうのか。そこには、報道における「2つの形式」の変化が大きく関わっています。

報道の2つの顔:「発表報道」と「調査報道」

ニュースには、大きく分けて2つの種類があることをご存知でしょうか。

 発表報道(アナウンスメント・ジャーナリズム)

行政機関(警察、役所、官邸など)や企業が公表した情報を、そのまま、あるいは要約して伝える報道のことです。

・特徴: 情報源が明確で、短時間で形にできる。

・役割: 公的な情報を正しく市民に届ける。

 調査報道(インベスティゲティブ・ジャーナリズム)

メディアが自らの足で取材し、隠された事実や利権、社会の矛盾を暴き出す報道のことです。いわゆる「ジャーナリズム」の醍醐味とされるものです。

・特徴: 時間とコストがかかり、時に権力と対立するリスクがある。

・役割: 権力の監視、隠蔽された真実の追求。

項目発表報道調査報道
ソース政府・企業などの公式発表独自の取材・内部告発
コスト低い(効率的)非常に高い(非効率)
リスク低い高い(訴訟や圧力の恐れ)
主な内容事件・事故の概要、政策発表政治資金問題、企業の不正、社会問題の深掘り

今、日本のマスコミが抱えている最大の問題は、*「調査報道が激減し、発表報道に偏りすぎている」という点にあります。

なぜ「調査報道」は消えてしまったのか

元局員の方は、「昔はもっと、泥臭く裏を取る記者がいた」と振り返ります。しかし、現代のテレビ局や新聞社には、それを許さない構造的なハードルが存在します。

効率至上主義とコストカット

テレビ局も一企業です。インターネット広告に押され、収益が減少する中で、最も削られるのは「結果が出るか分からない調査報道の予算」です。

1つの不正を暴くために半年間、数人の記者を張り付かせるよりも、役所の会見をリライトして毎日10本のニュースを流す方が、圧倒的にコスパが良いのです。

「記者クラブ」という名のぬるま湯

日本特有の「記者クラブ制度」も、発表報道偏重に拍車をかけています。役所の中に記者の部屋があり、そこへ行政側が資料を持ってきてくれる。この環境に慣れてしまうと、行政から嫌われるような(=出入り禁止になるような)鋭い追求ができなくなってしまいます。

結果として、「政府が言ったことをそのまま流す広報機関」と化してしまうのです。これが、視聴者から見て「御用聞きのような情報ばかりで嘘くさい」と感じる正体です。

「報道しない自由」という最大の武器

マスコミが批判される際によく使われる言葉に、「報道しない自由」というものがあります。

マスコミは、自分たちが伝えたい事実だけを選び、都合の悪い事実は伝えないという選択をすることが可能です。これは、真っ赤な嘘(虚偽の事実)を報じることよりも、ある種タチが悪いといえます。

・情報のチェリーピッキング: 100人中99人が賛成していても、1人の反対派の声を大きく取り上げることで、世論が割れているように見せる。

・文脈の切り取り: 前後の発言をカットし、特定のワードだけを強調して悪役を作り出す。

・無視: 特定の団体や利権に不利益な事実は、そもそも「ニュース」として扱わない。

これらは形式上「嘘」ではありません。しかし、全体像を隠して一部だけを強調する行為は、受け取り手にとっては「騙された」という感覚に直結します。

スポンサーと視聴率:真実よりも「数字」が優先される

テレビ報道が真実を追えなくなったもう一つの要因は、収益構造にあります。

民放テレビ局の収入源は広告費、つまりスポンサーからの資金です。大企業がスポンサーであれば、その企業の不祥事や、その企業にとって不利益な社会構造(利権など)を報じることにはブレーキがかかります。

さらに、視聴率という魔物が現場を支配しています。

「真実だが地味なニュース」よりも、「刺激的で分かりやすい対立構造」の方が数字が取れます。複雑な問題を、無理やり「正義vs悪」の構図に落とし込む。この「物語化」の過程で、真実は削ぎ落とされ、脚色されていくのです。

私たちが「真実」を見極めるために必要なこと

では、私たちは溢れる情報の中で、どのように真実を見極めればよいのでしょうか。元テレビ局員の方は、最後にかつての同僚たちへの期待を込めつつ、私たち視聴者へこうアドバイスしてくれました。

「テレビは『一つの視点』に過ぎない。そう割り切って見ることが大切です。マスコミが報じないことを、SNSや個人メディアが補完する時代。情報を一つに絞らず、多角的に検証する習慣を持ってほしい」

メディアリテラシーを高める3つのステップ

❶ 「一次情報」に当たる癖をつける

ニュースで「〇〇氏が問題発言」と報じられたら、切り取られた動画だけでなく、その前後の全文記録を探してみる。

❷ 「報じていないこと」を想像する

「なぜこのタイミングでこのニュースなのか?」「この報道で得をするのは誰か?」という裏側を考える視点を持つ。

❸ 複数のメディアを比較する

国内メディアだけでなく、海外メディアが日本をどう報じているかを確認する。外からの視点は、国内の偏りを浮き彫りにします。

結論:マスコミは「嘘」ではなく「不完全」

「マスコミの情報は嘘だらけ」という主張の真相は、「意図的な嘘というよりも、構造上の問題(コスト、スポンサー、効率)によって、真実の極めて一部しか切り取られていない不完全な情報である」というのが正解に近いのかもしれません。

かつての映画で描かれたような、命をかけて真実を追うジャーナリズムは、今や絶滅危惧種になりつつあります。しかし、私たちはその「不完全さ」を理解した上で、情報を取捨選択する力を養わなければなりません。

報道の自由には、同時に「報じる責任」が伴います。

視聴者が厳しい目を持ち続け、安易な扇動に乗らないこと。それが巡り巡って、マスコミを「真実を追う存在」へと引き戻す唯一の道なのかもしれません。

個人的には、いつの日かまた、マスコミが権力に忖度せず、純粋に真実を追い求める姿を見せてくれることを願ってやみません。

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髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役