ジブリパークで考えた、日本のアニメが地方を変える可能性

――アトラクションではなく、物語の世界を作る

先日、愛知県長久手市にあるジブリパークを訪れた。

ジブリパークは、愛・地球博記念公園の自然や既存の環境を生かしながら、スタジオジブリの作品世界を再現した施設である。

私が興味を持ったのは、単に映画の世界を体験できるということだけではなかった。

むしろ、そこにあるビジネスモデルである。

一般的なテーマパークであれば、大型のジェットコースターや絶叫マシンなど、次々と新しいアトラクションを導入して集客することが多い。

ところが、ジブリパークにはそうした大型の乗り物がない。

映画に登場する建物や街並み、風景などを再現し、来場者がその世界を歩いて楽しむ。

それだけで、多くの人が訪れている。

しかも、私が訪れた日も、相当数の外国人観光客が来場していた。

なぜ、これほど人を引きつけるのだろうか。

実際に歩きながら、いろいろなことを考えた。

長い行列の先にあったもの

『ハウルの動く城』に登場する城の内部を見学した。

建物の前には長い行列ができていた。

私はプレミアムチケットを購入していたので、せっかくだからと思い、並んで中に入った。

内部には、ベッドや机、家具、生活用品などが置かれ、映画の世界が再現されていた。

しかし、正直なところ、私にはそれほど面白いとは思えなかった。

『魔女の宅急便』に登場する建物も同じだった。

寝室や台所があり、家具や生活用品が並んでいる。物が散らかっている部屋もあり、そこに誰かが暮らしているような雰囲気になっていた。

私からすれば、普通の生活空間である。

しかも、こうした建物の内部では写真撮影ができない場所が多い。

それでも、多くの来場者が長い行列を作り、室内の細かなところまで熱心に見ていた。

なぜ、これほど人気があるのだろう。

もちろん、私のように、何があるのか分からないから入ってみたいという人もいるだろう。

実際、もし事前に内部の様子を詳しく知っていたら、私は並ばなかったかもしれない。

だから、行列ができていることだけで、来場者の満足度が高いと判断することはできない。

しかし、そこで一つのことに気づいた。

私と熱心なジブリファンとでは、同じものを見ても、感じる価値が違うのではないだろうか。

映画を見るのではなく、映画の中に入る

映画やアニメを見ているとき、私たちは画面の外側にいる。

しかし、ジブリパークでは、映画の中で見た建物に入り、部屋を歩き、家具や生活用品を間近で見ることができる。

熱心なファンにとっては、単なる建物の見学ではないのだろう。

映画の世界に、自分自身が入り込んでいるのである。

私には普通のベッドにしか見えなくても、ファンにとっては、映画の登場人物が暮らしていた部屋の一部なのだ。

作品を見たときの記憶や感情が、目の前の空間と重なる。

その結果、同じものを見ても、感じる価値が大きく違ってくる。

ここに、アニメというコンテンツが持つ力がある。

一方、私が最も面白いと感じたのは、ジブリの大倉庫にある企画展示室だった。

特に『となりのトトロ』が世に出るまでの企画や交渉の経緯は、経営に携わる私にとって非常に興味深かった。

作品を生み出すだけでなく、それを世に送り出すまでに、さまざまな苦労や工夫があったことを知ることができた。

同じジブリパークを訪れても、楽しみ方は人によって異なる。

作品の世界に入り込むことが楽しい人もいれば、写真を撮ることが楽しい人もいる。作品が生まれた背景に興味を持つ人もいる。

つまり、顧客が感じる価値は一つではないのである。

主役はジブリであって、アトラクションではない

今回、私が最も感心したのは、ジブリパークが大型アトラクションに頼っていないことだった。

仮に、ここに巨大なジェットコースターを作ったらどうだろう。

それを楽しみに訪れる人は増えるかもしれない。

しかし、今度はジェットコースターが主役になってしまう。

本来、ジブリパークの主役はジブリ作品そのものである。

作品の世界観を楽しむ場所なのに、乗り物が主役になってしまっては意味がない。

これは企業経営にも通じる話だと思う。

商品やサービスの価値を高めようとして、機能を増やしたり、設備を豪華にしたりすることがある。

しかし、それが本当に顧客の求める価値なのだろうか。

顧客が求める価値を理解しないまま投資を増やしても、満足度が高まるとは限らない。

むしろ、余計なものを加えないことが、商品の魅力を高める場合もある。

ジブリパークは、そのことを考えさせてくれる施設だった。

顧客自身が楽しさを作り出すビジネスモデル

もう一つ興味深かったのが、施設の運営方法である。

今回、私は沖縄のジャングリアとの違いについても考えた。

どちらも自然環境を生かしているという共通点がある。

しかし、アトラクションの運転や安全管理、来場者の誘導などに多くの人手を必要とする施設と、来場者が自分で歩き、自分で楽しむ施設では、運営コストの構造が異なる。

ジブリパークにも、接客や安全管理、施設の維持管理などに人手は必要だ。

ただ、作品の世界を再現した空間では、来場者自身が楽しさを見つけることができる。

スタッフが常に何かを演出する必要はない。

お客様自身の記憶や想像力が、体験価値を生み出している。

これは、人口減少によって人手不足が進む日本において、注目すべき仕組みではないだろうか。

もちろん、実際の収益性を判断するには、設備投資額や人件費、維持管理費などのデータが必要である。

しかし、現地で見た限り、設備と人手の使い方には大いに学ぶところがあった。

世界中のファンが、一度は訪れたい場所

ジブリパークの口コミを調べると、評価が分かれていることにも気づいた。

作品の世界観を高く評価する人がいる一方、期待したほどではなかったという人もいる。

これは、私自身の体験とも重なる。

ハウルの動く城の内部は、一度見れば十分だと感じた。

しかし、熱心なファンなら、何度でも訪れたいと思うかもしれない。

また、ジブリの大倉庫は展示内容が豊富で、比較的写真を撮れる場所も多く、再訪して楽しめる余地があるように感じた。

ただし、実際にどれだけの人がリピートしているかは分からない。

ここで、もう一つ重要なことがある。

ジブリには、世界中にファンがいるということだ。

実際、私が訪れた日も、相当数の外国人観光客が来場していた。

ジブリ作品が世界中で親しまれていることは知っていたが、現地で多くの外国人の姿を目にすると、その影響力を改めて実感する。

日本の愛知県にある一つの施設が、海外から人を呼び込んでいる。

もちろん、外国人来場者の全員がジブリパークを主目的に来日したとは限らない。

しかし、ジブリというコンテンツが、日本を訪れる動機の一つになっている可能性は十分に考えられる。

ジブリ作品を愛する人が世界中にいて、その世界を体験できるジブリパークが日本の愛知県にしかないとすれば、熱心なファンにとっては、一生に一度は訪れてみたい場所になるのではないだろうか。

海外からの旅行であれば、航空運賃や宿泊費など、相応の費用がかかる。

それでも、ジブリパークに行くことを目的に日本を訪れる人がいるかもしれない。

そう考えると、ジブリパークの集客力を、リピーターの多さだけで判断するのは適切ではない。

国内の限られた商圏だけでなく、世界中のファンが潜在的な顧客になり得るからである。

もちろん、世界中のファンが実際に訪れるわけではないし、継続的な集客力については検証が必要だ。

しかし、世界規模のファン層と、ここでしか体験できないという希少性は、ジブリパークの大きな強みだと思う。

初めて訪れる人を世界中から呼び込む。

そして、熱心なファンには再び訪れてもらう。

こうした複数の需要を考える必要があるのだろう。

日本全国に、アニメの世界を作れないだろうか

ジブリパークを歩きながら、私は一つの構想を思いついた。

日本には、世界中にファンを持つアニメ作品が数多くある。

『ONE PIECE』『鬼滅の刃』『七つの大罪』など、作品ごとに独自の世界観があり、さまざまな街や建物、風景が登場する。

これらを現実の空間に再現できないだろうか。

例えば『ONE PIECE』なら、ゴーイング・メリー号やウォーターセブンの街並み、ワノ国などを再現する。

『鬼滅の刃』なら、大正時代の街並みや作品に登場する屋敷などを作る。

『七つの大罪』なら、豚の帽子亭やリオネス王国、妖精王の森などが考えられる。

重要なのは、派手なアトラクションを作ることではない。

その作品のファンが、アニメの世界に入り込めること。

そして、この構想は一か所に大きなテーマパークを作るという話ではない。

一つの物語を、日本各地に分散させる

例えば『ONE PIECE』なら、イーストブルーをある地域に、ウォーターセブンを別の地域に、ワノ国をさらに別の地域に再現する。

一つの作品の世界を、日本各地に分散させるのである。

そうすると、ファンは一か所を訪れて終わりではない。

イーストブルーを訪れた人が、次はウォーターセブンへ行きたくなる。

さらにワノ国へ行きたくなる。

同じ施設に何度も来てもらうことだけが、リピートの方法ではない。

一つの物語を通じて、日本各地を何度も旅してもらうこともできる。

ここが、ジブリパークから発想を広げたところである。

ジブリパークが世界中のファンを愛知県に呼び込むとすれば、この構想は、世界中のアニメファンを日本各地へと送り出す。

しかも、地域の特徴を生かすことも考えられる。

港町には海を舞台にした作品、歴史的な街並みがある地域には和風の世界観、森林や丘陵地にはファンタジー作品というように、地域の資源と作品の世界観を組み合わせる。

日本は今後、人口減少によって、使われなくなる商業施設や土地が増えていく可能性がある。

一方、日本のアニメには世界中に熱心なファンがいる。

この二つを結びつければ、地方に新しい観光需要を生み出せるかもしれない。

もちろん、著作権などの権利処理、投資採算、交通アクセス、施設の維持管理など、課題は少なくない。

しかし、日本が持つコンテンツの力を、もっと地域活性化に生かす余地はあると思う。

アニメをきっかけに、日本の魅力を発見する

私は、この構想にはテーマパークの開発以上の意味があると思っている。

海外のファンが、大好きなアニメの世界を体験するために日本を訪れる。

そして、各地を旅する。

その途中で、地域の自然や歴史、食文化に触れる。

地元の人と出会い、思いがけない発見をする。

最初の目的はアニメだったとしても、旅を通じて、日本の新たな魅力に気づくかもしれない。

そうなれば、アニメは単なる観光資源ではなく、日本各地への入口になる。

人口減少によって活力を失いつつある地域に、世界中から人が訪れる。

そして、訪れた人がその地域の魅力を発見し、また日本に来たいと思う。

そんな循環が生まれれば面白い。

旅は気づきの始まり

今回、ジブリパークを訪れて、私自身もさまざまなことに気づいた。

私には何でもないように見えた家具や生活空間が、ファンにとっては特別な価値を持っている。

大規模なアトラクションがなくても、人を引きつけることができる。

そして、世界中にファンを持つ日本のアニメは、これからの地方創生にも大きな可能性を秘めている。

もちろん、今回考えた構想が、そのまま実現できるとは限らない。

しかし、実際にその場所を訪れなければ、こうした発想は生まれなかったかもしれない。

旅は気づきの始まり。

アニメの世界に入りたくて日本を訪れた人が、旅先で思いがけない日本の魅力を発見する。

そして、その発見が次の旅につながっていく。

そんな未来を想像すると、何だか楽しくなってくる。

アトラクションを作るのではない。物語の世界を作る。

ジブリパークでの一日は、日本の未来を考えるきっかけにもなった。