プライドと営業の話
先日、あるクライアントの社長から、こんな話を聞いた。
その会社では、コピー機(複合機)をリース契約している。
性能は悪くない。むしろ、以前はかなり満足していたそうだ。印刷スピードも速く、仕上がりもきれい。何かあればすぐにメンテナンスに来てくれる。月額のリース料金は3万円ちょっと。使っていた頃は、それなりに納得感のある契約だった。
ただ、コロナ以降、状況が大きく変わった。
紙で出力する機会が減り、今では多くても月1,000枚程度。少ない月は500枚くらい。しかも白黒印刷が中心で、カラーは2〜3割ほど。以前のような「高性能機をしっかり使い切る状態」ではなくなっていた。
そんな中、コピー機の更新時期が近づいてきた。
すると、業者の営業マンから電話があったそうだ。
「そろそろコピー機を新しいものに交換しませんか?同じくらいの料金でご提案できます」
社長は、かなり丁寧に現状を伝えたという。
「いやいや、最近はコピー枚数がかなり減ってるんですよ。多くても月1,000枚くらい。少ない時は500枚くらいかな。今の契約、正直ちょっと割高になっている感じなんですよね」
すると営業マンはこう返した。
「そうですか。でしたら、少し安い料金のものもご案内できます。一度ご提案させてください」
ここで社長は、さらに具体的に説明した。
「月1,000枚、しかも白黒中心なら、極端な話、コンビニで白黒10円としても1万円くらいでしょ。もちろん、社内で使える便利さや快適さはある。でも、それを入れても感覚的には1万円前後が落としどころかな、と。そこを踏まえた提案って本当にできるの?」
それでも営業マンは「ぜひ提案させてほしい」と言い、面談の約束を取りつけた。
当日、その営業マンは上司を連れてやってきた。
そして出てきた提案は――
「今より少し安くなります。月額2万5千円です」
社長は呆れたと言っていた。
こちらはすでに事情を説明している。
忙しい中、時間を空けて会っている。
それなのに、出てきた提案が「少し安いだけ」の2万5千円。
「この営業マンはいったい何を考えていたんだろう」
最終的には、上司が「中古機なら対応できるかもしれません。出たらすぐご案内します」と言ってくれたことで、場はなんとか収まったそうだが、商談は当然まとまらなかった。
この話、単なる“失注の話”ではない。
私はここに、営業の本質が詰まっていると思った。
問題は、提案の上手さではなく「視点」のズレ
この営業マンの問題は、価格設定の失敗だけではない。
本質は、お客様の判断基準を理解したうえで提案を組み立てていないことにある。
社長は事前に、営業に必要な情報をほとんど渡している。
●印刷枚数は月500〜1,000枚程度
●白黒中心(7〜8割)
●現契約は割高に感じている
●比較対象としてコンビニ印刷のコスト感も持っている
●予算感は実質1万円前後
ここまで情報がそろっていれば、普通はこう考えるはずだ。
「今の条件だと、新品の標準提案では合わないかもしれない」
「今回の面談は“受注”より“信頼づくり”に切り替えた方がいい」
ところが、営業が苦手な人ほど、ここで発想が狭くなる。
●なんとか自社商品で提案できないか
●少し安くすれば通るのではないか
●会って話せばワンチャンあるのではないか
この思考そのものは、営業として自然だ。
最初に「自社で解決できないか」を考えることは間違っていない。
問題は、その次だ。
自社の商品でお客様の最適解を作れないとわかった時、どう動くか。
ここで営業の質が分かれる。
邪魔をするのは「プライド」
でも、必要なのは「誇り」
このケースを見ていて、私は改めて思う。
営業の判断を曇らせるのは、しばしばプライドだ。
ここでいうプライドは、「自社への自信」のこと。
自社の商品やサービスに自信を持つこと自体は、もちろん悪いことではない。むしろ営業には必要だ。
ただ、その自信が“自分視点”に傾いた瞬間、ズレが起きる。
●自社の商品を売りたい
●自分の提案を通したい
●手ぶらで帰りたくない
●他社案を勧めるのは負けた気がする
この状態のプライドは、顧客満足を邪魔する。
お客様が求めているのは、「あなたの会社の商品を売ってほしい」ではない。
「自分に合った最適な選択肢を一緒に考えてほしい」だ。
だから私は、営業に必要なのは「プライドを捨てること」ではなく、
プライドを誇りに変えることだと思っている。
プライドは自分視点
誇りは相手視点
プライドは、自分を守ろうとする。
誇りは、相手を守ろうとする。
営業の世界で言えば、誇りとはこういうことだ。
●お客様の時間を無駄にしない
●お客様の利益を守る
●お客様の判断ミスを防ぐ
●今回売れなくても、信頼を守る
つまり、お客様を守ることに誇りを持てるかどうか。
ここが営業の分かれ道になる。
今の時代、営業の価値は「情報」ではなく「判断支援」
昔は、営業が情報を持っていた。
価格、仕様、選択肢、相場。営業に聞かないとわからないことが多かった。
でも今は違う。
インターネット、SNS、動画、比較サイト、そしてAI。
お客様は、営業に会う前からかなりの情報を持っている。
だからこそ、営業の価値は変わった。
これからの営業の価値は、情報提供そのものではない。
お客様の意思決定の質を上げることだ。
●情報を整理し
●判断軸を明確にし
●何を優先すべきか一緒に考え
●最適な着地をつくる
この役割を果たせる営業は強い。
逆に、情報だけ持ってきて自社商品を押す営業は、すぐに見抜かれる。
今回のケースで言えば、社長はすでに判断軸を持っていた。
「枚数」「白黒比率」「予算感」「代替手段(コンビニ)」。
営業がやるべきだったのは、それを受けて最適解を設計することだったはずだ。
ここで見るべきは、目先の売上ではなくLTV
営業が「今回の1件」しか見ていないと、無理な提案をしやすくなる。
でも、経営者視点で見るべきはそこではない。
本当に見るべきは、LTV(顧客生涯価値)だ。
LTVとは、そのお客様と長く関係を築くことで生まれる総価値のこと。
1回の受注額ではなく、5年、10年の関係で見る考え方だ。
今回、コピー機の契約が取れなかったとしても、もし営業が誠実な対応をしていたら、未来は変わる。
例えば――
●印刷量が増えた時の再提案
●事務所移転や増床時の相談
●スキャン運用や文書管理の改善相談
●PC・ネットワーク・周辺機器の相談
●ペーパーレス化やDXの相談
●同業者・取引先の紹介
つまり、今回売れなくても、
「この人はうちのことを分かってくれる」
「この会社は無理に売らず、最適解を考えてくれる」
と感じてもらえれば、LTVはむしろ大きくなる。
逆に、今回のようにズレた提案をするとどうなるか。
●この担当には相談しづらい
●この会社は自社都合で動く
●時間を取られるだけ
こうして、LTVは一気に下がる。
営業マネージャーの視点でも同じだ。
上司同行の訪問には、交通費・人件費・移動時間・機会損失がかかる。
しかも商談が決まらないだけでなく、関係まで悪化したら完全に赤字だ。
戦で言えば、勝ち筋のない戦に兵を送り、討ち死にしたようなものだろう。
では、どう動けばよかったのか
「売る営業」ではなく「守る営業」の次の一手
このケースで、私なら営業マンにはこう動いてもらう。
1)最初の電話は「提案」ではなく「状況確認」
「担当が変わりました。更新時期も近いので、まず現状の使い方を教えていただけませんか?」
この入り方なら、相手は身構えない。
最初から売る空気を出さないことが大事だ。
2)お客様の判断基準を整理する
聞くべきは、商品スペックの話ではなく、判断軸だ。
●月間印刷枚数
●白黒/カラー比率
●必要機能(A3、スキャン、FAXなど)
●不満点(コスト、保守、故障、速度)
●予算感
営業の仕事は、商品説明ではなく、
お客様が何を基準に決めるかを一緒に明確にすることでもある。
3)自社で最適解が出ないなら、正直に伝える
ここが一番大事。
「正直に申し上げると、御社の現状だと当社の新品機ではコストメリットを出しにくいです」
この一言は、短期では失注につながるかもしれない。
でも長期では、信頼をつくる言葉になる。
4)それでも“手ぶら”では帰らない
売らない=価値を出せない、ではない。
ここで出すべきは、情報という価値だ。
●中古機の選択肢
●小型機+外部印刷の併用案
●保守付きでの最小コスト構成
●「月◯枚を超えたら再検討」の目安
●将来的にコストが逆転するラインの説明
これをやると、お客様は「この人は売りに来た人じゃなく、守りに来た人だ」と感じる。
5)フォローの約束を取る
「3か月後か半年後に、状況だけ確認させてください」
これで関係は切れない。
営業とは、その場で決めることだけが仕事ではない。
相談先として残ることも、立派な営業活動だ。
営業の誇りとは、売ることではなく、お客様を守ること
営業が得意でない人ほど、営業を「売り込む仕事」だと思いがちだ。
でも、本当は違う。
営業とは、
お客様の状況を理解し、
判断軸を整理し、
最適な選択を支える仕事だ。
その結果として契約が生まれる。
紹介が生まれる。
継続が生まれる。
LTVが積み上がる。
ここで大切なのは、プライドの向け先を変えることだ。
●自分の提案を通すプライドではなく
●自社商品を売るプライドではなく
●お客様を守る誇りを持つこと
誇りは、相手視点だ。
誇りは、仲間を守る。
営業における仲間とは、目の前のお客様でもある。
「この提案は、お客様の時間と利益を守れているか」
「今回売れなくても、信頼を守れているか」
この問いを持てる営業は、強い。
短期の数字で一喜一憂しない。
長期で信頼を積み、結果として大きな数字をつくる。
最後に
今回のコピー機の話は、単なる失敗談ではない。
営業の本質を教えてくれる、非常にいいケースだと思う。
目先の1件を取りにいくのか。
それとも、5年・10年の関係をつくりにいくのか。
その分かれ道にあるのは、話し方のテクニックでも、提案書の見栄えでもない。
プライドを誇りに変えられるかどうか。
そして、LTVで物事を見られるかどうか。
営業の誇りとは、売ることではない。
お客様を守ること。 この視点を持てる会社は、強い。
この視点を持てる営業は、長く選ばれる。

髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役