時代劇を見ていると、ふとした瞬間に耳にする言葉があります。
「誰も見ていなくても、お天道様(てんとさま)が見ているよ」
かつての日本には、この感覚が当たり前のように根付いていました。 私が幼い頃、この言葉をどう解釈していたかといえば、それは一種の「監視システム」のようなものでした。「誰も見ていないからといって、悪いことをしてはいけない。空の上から神様や太陽が監視しているから、バチが当たるぞ」という、倫理や道徳を説くための戒めだと思っていたのです。
つまり、「悪いことをしないためのブレーキ」としての言葉です。
しかし、大人になり、人生の様々な局面を経験し、日本の歴史や精神性を深く学ぶ中で、この言葉の「本当の意味」は少し違うのではないか、と気づくようになりました。
それは、監視されているという恐怖ではなく、もっと能動的で、温かく、そして厳しい「自分との約束」の話だったのです。
第1章:「お天道様」との契約
「お天道様が見ている」の真意。 それは、「自分との約束を守る人間になりなさい」という教えではないでしょうか。
私たちは神社に行き、手を合わせ、「商売が繁盛しますように」「家族が健康でありますように」「試験に受かりますように」と神様に願い事をします。あるいは、新年の抱負として「今年はこれをやり遂げる」と誓いを立てます。
お天道様が見ているというのは、その「自分が発した言葉」や「神様に誓った決意」を、神様はしっかりと覚えているよ、ということです。 そして、その願いを叶えるために、あなたが陰日向なく努力しているか、誰も見ていないところでもその誓いに恥じない行動をとっているか、そのプロセスを見守っている(チェックしている)ということなのだと思います。
誰かに褒められるためではなく、自分が口にしたことを実行しているか。 他人の目がなくても、自分自身を裏切っていないか。
そう考えると、この言葉は「外圧による抑制」ではなく、「内発的な規律」を促すものだと分かります。
「前向きに、自分との約束を守って頑張って生きている貴方を、神様は見捨てたりはしない」
お天道様が見ているという言葉には、そんな力強いエールが含まれているのです。だからこそ、どんなに辛くても、諦めてはいけない。自分の努力を知っている存在が、必ずいるのだから。
第2章:「誠」〜言ったことは成る〜
この考え方を裏付けるように、戦前の日本人が何よりも大切にしていた言葉があります。 それが「誠(まこと)」です。
幕末の志士たちや、明治の偉人たちが好んで揮毫したこの文字。 漢字を分解してみれば、その意味は明白です。
「言(ことば)」+「成(なる)」=「誠」
つまり、「口に出したことは、その通りになる(成る)」、「言ったことを成し遂げる」ことこそが「誠」なのです。ここには、日本古来の「言霊(ことだま)」の思想も息づいています。
もし、私たちがプラスの言葉を発し、自分を鼓舞し、未来を語れば、人生はその通りにプラスの方向へと成っていきます。 逆に、不平不満、愚痴、自己否定といったマイナスの言葉ばかりを吐き出していれば、人生もまたマイナスの方向へと引きずり込まれていくでしょう。
「誠」を生きるとは、自分の発する言葉に責任を持ち、その言葉通りの現実を自らの手で作り上げていくこと。 「武士に二言はない」という言葉もまた、この「誠」の精神から来ています。一度口にしたことは必ず守る。それは他人との約束以前に、自分自身の魂との約束だからです。
かつての日本人は、この「誠」を自己のアイデンティティの中心に置いていました。 しかし、現代の私たちはどうでしょうか? その場しのぎの言葉、守られない公約、匿名での無責任な誹謗中傷……。 「言」と「成」が乖離(かいり)してしまった社会。それが、今の日本の閉塞感の正体なのかもしれません。
第3章:数字が語る日本の絶望
現代日本において、「誠」や「お天道様」の感覚が薄れるのと比例するように、深刻化している問題があります。それが「自殺」の問題です。
現状をご存知でしょうか。 2024年の日本の自殺者数は20,320人。 数字だけを見れば前年より減少しているように見えますが、その内訳を見ると、背筋が凍るような現実が浮かび上がってきます。
最も心を痛めるべきは、小中高生の自殺者数が529人と、過去最多レベルで推移していることです。単純計算で、1週間に約10人もの子どもたちが、自らその短い命を絶っていることになります。未来ある子供たちが、「生きる」ことよりも「死ぬ」ことを選ばざるを得ない状況が、今の日本にはあるのです。
さらに、国際的に見ても異常なデータがあります。 日本の15歳〜39歳という、本来であれば人生で最もエネルギーに満ち溢れているはずの世代において、死因の第1位が「自殺」なのです。 これは先進国(G7)の中で日本だけの特徴です。他の国では事故や病気が死因の上位を占める中、日本だけが「若者が自ら命を絶つ国」になってしまっている。
なぜ、若者たちは希望を失うのでしょうか。 主な動機としては以下のようなものが挙げられます。
・学校問題: 学業不振、進路の悩み、いじめ、人間関係のトラブル。
・健康問題: うつ病などの精神疾患、過度なストレス。
・労働環境: 長時間労働、パワハラ、非正規雇用の不安定さ。
しかし、これらはあくまで「きっかけ」に過ぎません。より根本的な原因は、社会の構造そのものにあると私は感じています。
「一度レールを外れたら、もう戻れない」 「失敗することは許されない」 「他人より劣っている自分には価値がない」
こうした強迫観念が、若者たちの心を蝕んでいます。SNSの発達により、常に他人の煌びやかな生活と自分を比較し、自己肯定感を削り取られていく。 誰も自分の本当の苦しみを見てくれていないという「孤独」。 そして、自分との約束を果たせなかった自分を許せない「自責」。
かつて「お天道様が見ているから大丈夫だ」と信じられた安心感は消え去り、代わりに「世間の目が見ているから失敗できない」という監視社会の冷たさだけが残ってしまったかのようです。
第4章:命の重さと「あの世」の理(ことわり)
ここで、少し精神的な、しかし非常に重要な話に触れたいと思います。
古くからの言い伝えや、宗教的な教えの中で、しばしば語られることがあります。 「自ら命を投げ出した魂は、あの世(本来還るべき場所)にはすぐには戻れない」 という話です。
これは決して、亡くなった方を鞭打つための言葉ではありません。 「命」というものが、それほどまでに重く、尊く、そして意味のある「預かりもの」であるという真理を示しているのだと私は解釈しています。
私たちは皆、何らかの使命や役割、あるいは学ぶべき課題を持って、この世に生を受けました。それは「魂の約束」とも言えるでしょう。 辛いこと、悲しいこと、理不尽なこと。それらすべてを含めて、魂を磨くための修行の場として、この現世がある。
自ら命を絶つということは、その「修行の契約」を一方的に破棄することであり、自分自身との究極の約束を破ることになってしまうのかもしれません。だからこそ、魂は行き場を失い、迷ってしまうと言われるのです。
「死んで楽になりたい」と思うほどの苦しみは、筆舌に尽くしがたいものです。その痛みを否定することは誰にもできません。 しかし、それでもなお、「お天道様は見ている」のです。 あなたが歯を食いしばって耐えている姿を。 涙を流しながらも、今日を生き延びた姿を。
神様は、自分との約束を守って懸命に生きるあなたを、絶対に見捨てたりはしません。 今は真っ暗闇に見えるかもしれませんが、夜明け前が一番暗いのです。 命さえあれば、何度でもやり直せる。「誠」の字が示す通り、言葉を変え、行動を変えれば、現実は必ず新しく「成る」のです。
第5章:日本を変えるための「処方箋」
「そんな日本を変えられないか? 何とかできないか」
この問いに対する答えは、政治家や官僚に任せておくだけでは見つかりません。制度や法律を変えることも必要ですが、それ以上に必要なのは、私たち一人ひとりの「意識の変革」と「文化の再生」です。
私が考える、希望を取り戻すためのヒントをいくつか提案させてください。
❶ 「誠」の復権 〜自分軸を取り戻す〜
現代社会は「他人の評価(いいね!の数や偏差値)」を重視しすぎています。これを「自分との約束(誠)」を重視する生き方へシフトさせる必要があります。 「人にどう思われるか」ではなく「自分に嘘をついていないか」。 教育の現場でも、家庭でも、結果だけでなく、その子が自分なりに立てた目標に対してどう努力したか、そのプロセス(誠実さ)を評価する土壌を作ることです。
❷ 「失敗」を「経験」と呼び変える社会へ
一度の失敗で人生が終わるような社会構造を変えなければなりません。 アメリカのシリコンバレーでは、倒産経験のある起業家の方が「経験値が高い」として評価されることがあります。日本も同様に、レールを外れることを恐れるのではなく、寄り道や回り道を「人生の肥やし」として許容する寛容さが必要です。 「何度でもやり直せる」という安心感こそが、自殺を食い止める最後の砦となります。
❸ 「お天道様」の代理人になる 〜コミュニティの再構築〜
孤独は人を死に追いやります。 かつては、地域社会全体が「お天道様」のように子供たちを見守っていました。隣の家の子が悪さをすれば叱り、困っていれば助ける。 今、その機能が失われています。 だからこそ、私たちは小さなコミュニティを作る必要があります。顔が見え、声が届く範囲で、お互いの存在を認め合う場所。 「あなたのことを見ているよ(気にかけているよ)」と声を掛け合える関係性。 あなたが誰かの「お天道様(見守り手)」になることで、救われる命があるはずです。
❹ 言葉の力を取り戻す
「誠」の実践として、まずは発する言葉を変えてみませんか。 自分自身に対して「ダメだ」と言うのをやめ、「よくやっている」「大丈夫だ」と声をかける。 周囲の人に対して、批判ではなく感謝の言葉を伝える。 プラスの言葉は、プラスの現実を引き寄せます。社会全体にポジティブな言霊が満ちれば、空気は必ず変わります。
結び:諦めないあなたへ
今の日本は、確かに閉塞感に覆われています。 若者が希望を持てず、自ら命を絶つ現状は、国の緊急事態と言っても過言ではありません。
しかし、嘆いているだけでは何も変わりません。 まずは私たちが、自分自身の人生において「誠」を全うすることから始めましょう。
誰が見ていなくても、自分を律する。 自分が吐いた言葉に責任を持ち、行動で示す。 そうやって、自分との約束を守り続ける「かっこいい大人」の背中を、次世代に見せるのです。
「あの人があんなに頑張っているんだから、人生捨てたもんじゃないかもしれない」
そう若者たちに思わせることができれば、それが希望の光となります。
お天道様は、見ています。 あなたが苦しみの中で、それでも前を向こうとするその姿を。 そして、日本を何とかしたいと願い、行動を起こそうとしているその情熱を。
神様は、前向きに、自分との約束を守って頑張って生きているあなたを、絶対に見捨てたりしません。 だから、諦めないでください。 私たち一人ひとりが「誠」の灯火(ともしび)となれば、やがてそれは大きな光となり、日本の闇を照らすはずです。
生きましょう。 そして、言葉にした夢を、必ず「成」し遂げましょう。

髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役