始まりは、ある漫画の哲学的なセリフだった
『ジョジョの奇妙な冒険』第六部「ストーンオーシャン」。その作中で、物語の根幹をなす黒幕DIOが、自身の目指す「天国」について語る場面がある。彼の思想を受け継いだプッチ神父によって語られるその言葉は、にわかには信じがたい、しかし妙な説得力を持つ世界観を提示していた。
「この地球で人間の人口が増えれば増えるほど、その分だけ他の生物が絶滅してると考えてさしつかえなく……魂全体の数は影響なく一定ということらしい」
これは、地球上に存在する「魂(スピリット)」の総量は常に一定であり、一つの種、すなわち人間が増えれば、その分、他の種の魂が奪われ、絶滅していくという独特の生命観だ。
フィクションの中の、一つの突飛な思想――。多くの読者はそう受け止めたかもしれない。しかし、この言葉は奇妙なほど現代社会の現実とリンクしている。ふと立ち止まり、「え、本当なのだろうか?」と疑問を抱いた瞬間、私たちはフィクションの枠を超えた、現代文明が抱える根源的な問いに直面することになる。
この記事では、ディオが投げかけたこの哲学的な問いを入り口に、日本の「人口減少」という現実、そして地球規模での「生物多様性の損失」という事実をデータと共に紐解いていく。そして、巷で囁かれる「日本は終わりだ」という悲観論の先にある未来を模索したい。これは、単なる人口問題の解説ではない。我々がこれからどこへ向かうべきかを考える、壮大な思考の旅である。
第1章:日本の現実 – 静かに進む「1日2,487人の消失」
まずは、私たちの足元、日本の現実から見ていこう。ディオの言葉とは裏腹に、日本では今、人間の「数」が猛烈な勢いで減少している。
総務省のデータによると、2025年の日本の総人口は約1億2065万人。これは前年から約90万8574人もの減少であり、減少率は0.75%に達する。この数字をより身近に感じるために分解してみよう。1年で約90万人が減るということは、1日あたりに換算すると約2,487人がこの国から姿を消している計算になる。毎日、一つの大きな学校や、一つの小さな町が地図から消えていくようなものだと言えば、そのインパクトの大きさが伝わるだろうか。
この人口減少は、昨日今日に始まった話ではない。日本の人口は、2009年の約1億2708万人をピークとして、実に16年連続で減少し続けている。もはやこれは一時的な現象ではなく、明確な国家的トレンドなのである。
その構造的な原因は、二つの深刻なデータによって浮き彫りになる。2024年、日本の死亡者数は約160万人と過去最多を記録した。一方で、同年の出生数は約68万人と過去最少を更新した。生まれる命よりも、失われる命の方が圧倒的に多い。この「自然減」と呼ばれるギャップが、凄まじい勢いで拡大しているのだ。
この現象は「少子高齢化」という言葉で語られる。言葉自体は誰もが聞き慣れているだろう。しかし、その実態は、社会の根幹を揺るがすほどの破壊力を持っている。
・社会保障の崩壊:年金、医療、介護といった社会保障制度は、働く世代が引退した世代を支えるというモデルで成り立っている。支える側(若者)が減り、支えられる側(高齢者)が増え続けるこの状況は、もはや制度の持続可能性そのものを脅かしている。
・経済の縮小:労働力人口の減少は、そのまま国の生産力の低下に直結する。担い手不足は医療や介護だけでなく、建設、運輸、製造業など、あらゆる産業で深刻化し、経済成長の足枷となっている。
・国家・地方の衰退:人口減少は、特に地方において過疎化を加速させ、インフラの維持すら困難な地域を増やしている。税収は減り、行政サービスの質は低下し、コミュニティそのものが消滅の危機に瀕する。
一方で、この大きな流れの中に、もう一つの変化がある。それは、外国人住民の増加だ。現在、約367万人の外国人が日本で暮らしており、その数は前年から約35万人も増加している。総人口が減る中で、社会の構成員はじわじわと、しかし確実に多様化している。これは、今後の日本の社会構造を考える上で、極めて重要な要素となるだろう。
日本の現実は、ディオの世界観とは真逆の「人間の減少」である。しかし、この静かで確実な衰退は、我々に別の種類の問いを突きつけている。

髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役