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『そのお土産、本当に「ご当地」産ですか? ~ある観光地で感じた「お土産ロンダリング」の実態~』

ある観光地で感じた、小さな「違和感」

先日、私は山口県を訪れました。豊かな自然と歴史に彩られた土地です。土産物店に立ち寄ると、やはり目につくのはその土地の名産品を使った加工品です。「さすが本場だ!」と心が躍り、家族や友人への土産にしようと、ある商品を手に取りました。

ふと、習慣で裏面の原材料表示を見て、私は思わず固まってしまいました。そこには、小さな文字で「中国産」と記されていたのです。

もちろん、中国産の原材料が悪いわけではありません。しかし、私は「その土地」の物語を共有したくて、この土産を選ぼうとしていました。「山口県の下関のふぐだよ」と言って渡したかったのです。その期待がガラガラと崩れ落ちるような、小さな、しかし確実な「違和感」。

そして、すぐに気づきました。これはここだけの話ではない。今や日本全国の観光地で、私たちが「お土産」と信じて手に取るものが、その実態を失いつつあるのではないか、と。

第1章:「お土産」の本当の意味、忘れていませんか?

私たちが旅先で当たり前のように買う「お土産」。その本質とは何でしょうか。

「土産物(みやげもの)」とは、本来「その土地の産物」を意味する言葉に、丁寧語の「お」がついたものです。旅先から持ち帰る品物であり、多くの場合、知人や縁者に配る目的で買い求められます。

興味深いのは、英語の「souvenir(スーベニア)」が、主に自分のための「記念品」という意味合いが強いのに対し、日本の「お土産」は**「他人にあげること」**を前提としている点です。

日本おみやげ学会は、お土産が成立する条件として以下の4つを挙げています。

❶ 人間の移動に伴い、物品を入手すること

❷ 第3者に供与すること(誰かにあげること)

❸ 情報の伝達を伴うこと(旅の話など)

❹ 物品そのものに地域的な特異性があること

そう、お土産とは単なる「モノ」ではなく、旅の経験や感動、そして「その土地の物語」を他者と共有するためのコミュニケーション・ツールなのです。私が土産物店で求めていたのは、まさにこの「情報の伝達」と「地域的な特異性」でした。

では、あの「海外産」の加工品は、果たしてこの条件を満たしていたのでしょうか。

第2章:忍び寄る「お土産ロンダリング」という病

私が直面した現実は、氷山の一角に過ぎませんでした。この現象を、ある業界関係者は**「お土産ロンダリング」**と呼んで問題視しています。

その実態は驚くべきものです。

・日本海側のお土産菓子を、なぜか太平洋側の工場で製造している。

・ある観光地のお土産売り場で、売上トップの商品が、実は県外の業者が作ったOEM(他社委託製造)商品だった。

・原材料は海外から調達し、製造はコストの安い別の地域。パッケージだけを「ご当地」デザインに変えて、全国の観光地で販売する。

本来の定義である「その土地にちなむ品物」という言葉が、今や骨抜きにされています。「その土地のイメージ」さえあれば、原材料がどこであろうと、製造地がどこであろうと「お土産」としてまかり通ってしまう。これが現代の土産物業界の偽らざる姿なのです。

なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。理由は単純です。

❶ コスト削減の圧力:地元の原材料、地元の工場では、価格競争に勝てない。

❷ 効率化の追求:OEM製造を活用し、一つの工場で全国のご当地土産を大量生産する方がはるかに効率が良い。

❸ 規制の緩さ:「〇〇名物」と謳っても、製造地や原材料産地の明示義務が曖昧な側面がある。

❹ 消費者の気づきにくさ:私のように、裏面の小さな表示をいちいち確認する消費者はまだ少ない。

私たちは、「〇〇に行ってきました」と書かれた華やかなパッケージに騙され、その土地とは何の関係もない「工業製品」を、ありがたく買って帰っているのかもしれないのです。

第3章:なぜOEM土産では「町おこし」ができないのか?

「別に安くて美味しければ、どこで造っていてもいいじゃないか」

そう思う人もいるかもしれません。しかし、この安易な発想こそが、日本の「町おこし」や「地域活性化」を根本から阻害しているのです。

観光研究において、観光客が土産物に求める最も重要な要素は**「真正性(オーセンティシティ)」**、つまり「その土地ならではの本物らしさ」であるとされています。

観光客が本当に求めているのは、

・唯一性と独自性(ここでしか買えない)

・地域の名産や地元原材料の使用

・生産現場との繋がり(作り手の顔が見える)

・その土地の文化や歴史とのストーリー性

です。しかし、海外産原材料で県外工場で造られたOEM土産は、これらすべてを裏切っています。

さらに深刻なのは、**「地域経済への貢献がゼロ」**であるという点です。

成功している町おこしは、必ず「地域経済の循環」を生み出しています。地元の農家が原材料を供給し、地元の製造業者が加工し、地元の店が売る。観光客が使ったお金が地域を巡り、雇用を生み、新たな投資に繋がり、伝統技術が継承されていく。

一方、OEM土産の構造はどうでしょう。

・原材料費 → 海外や他地域に流出

・製造費 → 県外のOEMメーカーに支払い

・販売利益 → ごく一部が地元の土産物店に入るだけ

観光客がいくらお金を落としても、そのほとんどが地域外に流出してしまうのです。これでは地域の雇用も産業も育ちません。それどころか、安価なOEM土産が市場を席巻することで、真面目に地元で頑張っている小規模な製造者が廃業に追い込まれかねません。

地域の個性を自ら放棄し、経済循環を自ら断ち切り、観光資源としての「物語」を失う。安易なOEM土産の発想では、町おこしなど到底不可能なのです。

第4章:問題の根底にある「今だけ、金だけ、自分だけ」の病理

この「お土産ロンダリング」問題は、単なる土産物業界のモラルの話ではありません。私は、現代日本社会を蝕む、より根深い病理の象徴だと感じています。

それは**「今だけ、金だけ、自分だけ」**という価値観です。

・今だけ:長期的な地域の持続可能性や文化の継承を無視し、「今」のコストカットや目先の利益だけを追う。

・金だけ:地域の誇り、伝統技術、文化的価値といった「金」にならないものを軽視し、すべてを経済効率だけで判断する。

・自分だけ:地元の生産者や地域経済全体への還元を考えず、「自社(土産物店や卸売業者)」の利益だけを追求する。

かつての日本には、「皆も、将来も、金だけでない」という行動原則があったはずです。共同体の調和を重んじ、目先の利益より持続可能性を考え、信用や誇りといった経済以外の価値を尊重する美徳です。

しかし、新自由主義的な資本主義の浸透、共同体の解体、社会の個人化が進む中で、この価値観は大きく揺らいでいます。

OEM土産という発想は、まさにこの「今だけ、金だけ、自分だけ」の病理が生み出した産物と言えるでしょう。しかし、皮肉なことに、この価値観の末路は「誰も幸せにならない」ことです。信頼を失い、人が離れ、地域の魅力そのものが失われれば、短期的には利益を得たように見えた土産物店自身も、いずれ立ち行かなくなるのは自明の理です。

第5章:すべては「教育」に行き着く ~私たちが未来のためにできること~

なぜ、このような刹那的で自己中心的な価値観が蔓延してしまったのでしょうか。様々な要因が絡み合っていますが、私はその根本的な原因の一つが「教育」にあるのではないかと考えています。

戦後の日本教育は、良くも悪くも「偏差値」という代理指標に牽引されてきました。テストの点数という短期的な成果を追い求め、他者との競争に勝つこと(=良い学校に入ること)が最優先される。このシステムは、皮肉にも「今だけ(テストの点)、金だけ(学歴による将来の収入)、自分だけ(競争に勝つ)」という価値観を、知らずしらずのうちに私たちに刷り込んできたのではないでしょうか。

その結果、私たちが失ってきたもの。それは、

・公共心や共同体意識

・郷土愛や地域への誇り

・長期的な視点や持続可能性への関心

・そして、数値化できない「本物」を見極める力

です。

東京の有名大学に入り、大企業に就職することだけが「成功」だとされれば、誰が地元に残り、手間のかかる伝統産業を継ごうと思うでしょうか。偏差値というモノサシだけで物事を判断するクセがつけば、誰がパッケージの裏側にある「真正性」に思いを馳せるでしょうか。

今、本当に必要な教育。それは「今だけ、金だけ、自分だけ」ではなく、**「将来も、本質も、みんなも」**という価値観を育む教育です。

・地域の歴史や文化、産業を学び、郷土への誇りを育む「ふるさと教育」

・目先の競争ではなく、持続可能な社会をどう築くかを考える「ESD(持続可能な開発のための教育)」

・地元の職人や農家と触れ合い、作り手の思いや「本物」の価値を体感する「体験学習」

こうした教育によって、本物を見極める力を持つ消費者が育てば、安易なOEM土産は自然と淘汰されていくはずです。地域への愛着を持つ若者が増えれば、地元で本物づくりに挑戦する人材が育ちます。

結論:私の一票が、地域の未来を創る

ある観光地の土産物店で感じた、あの小さな「違和感」。それは、私たちが「お土産」という文化の本質を見失い、同時に地域の未来を切り売りしていることへの警告でした。

私たち消費者にできることは、明確です。

「賢くなること」

旅行先で土産を手に取ったら、少しだけ立ち止まり、裏面の表示を見てみてください。

・原材料は地元産か?

・製造所はその地域か?

・製造者が大手OEMメーカーではなく、地元の小規模事業者ではないか?

そして、「本物を応援すること」

たとえ少し値段が高くても、その土地の素材を使い、その土地で造られ、作り手の物語が感じられる商品を選ぶ。その「一票」こそが、真面目に頑張る生産者への応援となり、地域経済を潤し、日本の豊かな文化を守ることに繋がります。

「今だけ、金だけ、自分だけ」の連鎖を断ち切る。その力は、教育の変革と、私たち一人ひとりの日々の「選択」の中にあるのです。あなたの次のお土産選びが、日本の地域の未来を変える一歩になることを願ってやみません。

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髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役