2026年の幕開け、私は山中湖のほとりで、これ以上ないほど神々しい景色に出会いました。
雲一つない快晴。凛と張り詰めた空気の中、鏡のような湖面の向こう側に、雪を戴いた富士山がその雄大な裾野をはっきりと、力強く広げています。河口湖側から見る富士とはまた違う、遮るもののない純粋な「富士の姿」を拝めるのは、標高の高い山中湖ならではの特権です。
この完璧なキャンバスに、白く優雅なアクセントを添えるのが、湖面を滑る白鳥たち。
しかし、このあまりに美しい「白鳥の湖」を観察し、現場の声に耳を傾ける中で、私は経営コンサルタントとしての直感、そして心理カウンセラーとしての洞察を揺さぶられる「ある違和感」を抱くことになりました。
現場で語られる「理不尽な物語」
山中湖を訪れると、地元のスタッフの方から、ある「物語」を聞かされることがあります。
「ここの白鳥はね、みんなが餌をあげるから親が渡るのをやめてしまったんですよ。それを見た子供たちも渡り方を知らず、一年中ここに居着くようになったんです」
一見、人間と野生動物の心の交流が生んだ美談のように聞こえるかもしれません。しかし、私はこの説明に言いようのない「理不尽さ」を感じました。
「渡り」という行為は、数万年という時間をかけてDNAに刻み込まれた、種の存続をかけた絶対的なプログラムです。それが、たかだか数世代の餌付けで、親が楽をしたから子も……という理由で書き換えられてしまうのか?
もしそれが事実なら、生命の摂理そのものの崩壊です。心理カウンセラーとしての私は、その物語に潜む「依存の正当化」に危うさを感じ、コンサルタントとしての私は、情報の裏にある「真実」を突き止めずにはいられませんでした。
暴かれた真実:それは「教育」ではなく「種類のすり替え」
調査の結果、判明したのは、スタッフの説明を根底から覆す科学的な事実でした。
山中湖に一年中滞在している白鳥の正体。それは「渡るのをやめた渡り鳥」ではなく、「そもそも渡りをしない種類の白鳥」だったのです。
| 特徴 | オオハクチョウ・コハクチョウ | コブハクチョウ(山中湖の主) |
| 生息形態 | 渡り鳥(冬季にシベリアから飛来) | 留鳥(その場に定住する) |
| くちばし | 黄色と黒 | オレンジ色・黒いコブがある |
| 導入経緯 | 天然の飛来 | 人為的に導入された外来種 |
スタッフの方が「子供も渡らなくなった」と説明した鳥たちは、実はこのコブハクチョウのことでした。彼らはヨーロッパ原産の外来種であり、観賞用として人為的に持ち込まれた個体です。
ここで、最大の「情報の歪み」が浮き彫りになります。
現場では、事実(種類の違い)よりも、観光客が納得しやすい「物語」が優先して語られている。しかも、その物語は「本来渡るはずの鳥が、人間のせいで堕落して渡らなくなった」という、生物学的にあり得ない理不尽なロジックで塗り固められていたのです。
静かなる別荘地の「生き残り戦略」
では、なぜ山中湖はこれほどまでに「理不尽な物語」を紡いでまで、白鳥を強調するのでしょうか。その背景には、山中湖という土地が抱える「観光地としての切実な戦い」が見えてきます。
富士五湖の中でも、河口湖は圧倒的な「観光のメッカ」です。巨大なアトラクションやホテル群を擁し、インバウンド客を惹きつける強固な資本力があります。
対する山中湖は、古くから別荘地や学生の合宿地として愛されてきた、いわば「静」のエリア。派手な集客施設を持たない山中湖にとって、「いかにして通り過ぎる客を立ち止まらせるか」は死活問題でした。
そこで彼らが選んだのが、この「白鳥の湖」という高度なブランディング戦略だったのではないでしょうか。
・「通年性」の確保: 渡り鳥だけに頼れば、白鳥は冬だけの「季節商品」になります。しかし、定住するコブハクチョウを主役に据えることで、365日いつでも「白鳥の湖」という看板を掲げ続けることを可能にしました。
・シンボルの統一: 富士山を背景に、優雅な白い鳥が浮かぶ風景。この強力なビジュアルをアイデンティティとして固定し、遊覧船やバスすべてを白鳥のデザインで統一しました。
これは、ビジネスにおける「ニッチ戦略」の極みです。大資本の競合と同じ土俵で戦うのではなく、独自の風景資産を「舞台装置」として磨き上げ、唯一無二のポジションを築き上げた努力の結果と言えるでしょう。
コンサルタントの眼:本質を見誤る「物語」の罠
今回、私が最も警鐘を鳴らしたいのは、現場のスタッフが語った「理不尽な説明」が、いかに本質を覆い隠しているかという点です。
「渡らない種類の鳥」を指して「親が渡らなくなったから」と説明することは、ビジネスの現場でいえば、個別の事象の「本質(性質)」を見ずに、表面的な事象を都合のいいロジックで解釈してしまうミスと同じです。
・「前提」の取り違え: そもそも渡らない性質(留鳥)の者に、渡り鳥の規範を当てはめて「渡らなくなった」と嘆くことの無意味さ。
・「構造」の隠蔽: 「人間が戦略的に導入した」という構造上の事実を、「鳥たちの教育問題」という精神論にすり替えてしまう危うさ。
経営コンサルティングにおいても、企業の「資質」や「市場の特性」を正しく見極めなければ、どんな施策も空理空論に終わります。
心理カウンセラーとしてクライアントと向き合う際も、相手の「持って生まれた性質(バイオリズム)」を無視して、「努力が足りないからだ」と決めつけることは、その人を深く傷つけることになります。
山中湖の白鳥たちが私に突きつけたのは、「聞こえのいい物語に騙されず、物事の『本質』を正しく捉えているか?」という、鋭い問いかけでした。
結論:真実の富士を仰いで
晴れ渡る空の下、湖越しに拝める富士山は、嘘偽りのない「真実の美しさ」です。
その圧倒的な景色を前に、私は改めて決意しました。
表面的な「物語」に惑わされず、物事の構造と本質を見抜く。
経営コンサルタントとして、中小企業の社長たちの「伴走者」となり、その企業の真の性質に基づいた成長を支援する。
そして、未来を担う子供たちに、「誰かに用意された理不尽な物語」を鵜呑みにせず、自分の目で真実を見極める力を伝えていく。
山中湖の観光戦略は、地域を支えるための知恵と努力の結晶です。しかし、私たちはその「舞台装置」を楽しみつつも、語られる物語が真実に基づいているのか、常に問い直す知性を持ち続けなければなりません。
富士山の頂がはっきりと見える澄んだ心で。
私はこれからも、美しき風景の裏にある「真実」を探求し続けていきたいと思います。
あとがき
今回の記事は、私自身の「違和感」から始まりました。
皆さんの周りにも、「当たり前」として語られているけれど、どこか理不尽に感じる物語はありませんか?
その裏側には、誰かの必死な戦略や、見落とされている本質が隠されているかもしれません。
次に山中湖を訪れた際は、ぜひ白鳥の「くちばし」の色を確かめてみてください。そして、その背後にそびえる富士山に向かって、自分自身の「本質」を問いかけてみてはいかがでしょうか。

髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役