——ドラマ『GIFT』で心に残った言葉
私は普段、あまりテレビを見ない。
そんな私が、たまたまTVerで見たドラマが『GIFT』だった。
正直、最初から強い興味があったわけではない。
しかし、見ているうちに妙に心に残るセリフがあった。
「昨日の夢は、今日の希望、明日の現実」
とても短い言葉である。
しかし、この言葉には、人間という存在の本質が詰まっているように感じた。
調べてみると、これはロケット開発の先駆者、ロバート・ゴダードの言葉らしい。
つまり、ただの綺麗事ではない。
まだ多くの人が「人類が宇宙へ行く」など本気で信じていなかった時代に、笑われながら研究を続けた人間の言葉なのである。
だから重い。
今でこそ、宇宙開発は当たり前のように語られる。
人工衛星も、GPSも、宇宙ステーションも、私たちの生活の中に入っている。
しかし、最初は夢だった。
空を飛ぶことも夢だった。
遠く離れた人と瞬時に会話することも夢だった。
AIと会話することも、少し前までは夢のような話だった。
けれど今、それらは現実になっている。
なぜか。
誰かが夢を見たからである。
そして、その夢を「希望」に変えた人がいたからである。
私はこの言葉を聞いた時、夢と希望は似ているようで、まったく違うのではないかと思った。
「こうなったらいいな」
これは夢である。
もちろん、夢を見ることは大切だ。
夢がなければ、未来は始まらない。
しかし、夢だけでは現実は変わらない。
夢が希望に変わる瞬間には、明らかに強い意志がある。
「そうなったらいいな」ではなく、
「そうしたい」
「そういう未来を作りたい」
「どうしても実現したい」
という願いが入る。
ここに大きな違いがあるように思う。
希望とは、意志を伴った夢なのだと思う。
そして希望を持った人は、動き始める。
調べる。
学ぶ。
人に会う。
試してみる。
失敗する。
改善する。
また挑戦する。
この繰り返しの中で、夢は少しずつ現実へ近づいていく。
つまり、現実とは突然生まれるものではない。
誰かの夢があり、
それが希望に変わり、
祈りとなり、
行動となり、
失敗と改善を経て、
ようやく形になったものなのだと思う。
ここで私は、「祈り」という言葉がとても大事だと思っている。
祈りというと、宗教的なものを思い浮かべる人もいるかもしれない。
もちろん、それも祈りである。
しかし、祈りとはもっと根源的なものではないだろうか。
子供の幸せを願う親。
社員の成長を願う経営者。
病気の回復を願う家族。
社会が少しでも良くなってほしいと願う人。
これも祈りだと思う。
祈りとは、自分の力だけではどうにもならないものに対して、それでも良くなってほしいと願う心である。
そして不思議なことに、本気の祈りは人を動かす。
ただ願っているだけではない。
本気で祈るから、行動が変わる。
未来を信じるから、学ぼうとする。
誰かを助けたいから、力をつけようとする。
社会を良くしたいから、一歩踏み出そうとする。
祈りは、弱いものではない。
むしろ、人間が未来を作るための、最も深いエネルギーなのかもしれない。
今の時代は、先が見えにくい。
AIが急速に進化し、仕事のあり方も変わっていく。
物価は上がり、税や社会保険料の負担も重くなっている。
世界情勢も不安定で、今まで当たり前だったものが、当たり前ではなくなってきている。
こういう時代には、人は不安になりやすい。
「この先どうなるのか」
「自分の仕事は残るのか」
「子供達の未来は大丈夫なのか」
そう感じる人も少なくないと思う。
しかし、こういう時代だからこそ、希望が必要なのだと思う。
希望とは、現実逃避ではない。
むしろ、現実を直視した上で、それでも未来を良くしたいと願う力である。
ただ楽観することではない。
都合よく考えることでもない。
厳しい現実を見た上で、
「では、どうすればいいか」
と考え続ける力である。
私は仕事柄、経営者と話す機会が多い。
うまくいっている会社もあれば、苦しんでいる会社もある。
しかし、本当に危ないのは、売上が下がっていることそのものではないと感じることがある。
本当に危ないのは、社長が未来を描けなくなった時である。
未来を描けなくなると、人は行動できなくなる。
行動できなくなると、改善もできなくなる。
改善できなくなると、現実はどんどん重くなる。
逆に、どれだけ厳しい状況でも、
「まだできることがある」
「こういう会社にしたい」
「社員やお客様のために、もう一度立て直したい」
という希望がある人は強い。
すぐに結果が出るとは限らない。
むしろ、最初は失敗することの方が多い。
しかし、希望がある人は止まらない。
失敗を失敗のままにしない。
そこから学び、修正し、また動く。
そう考えると、失敗とは終わりではない。
夢を現実に近づけるための調整作業なのだと思う。
最初に描いた夢が、そのままの形で実現することは少ない。
実際には、途中で変わる。
やり方が変わる。
仲間が変わる。
優先順位が変わる。
自分の役割も変わる。
しかし、それは夢が壊れたのではない。
夢が成熟しているのだと思う。
夢が現実に近づく過程で、余計なものが削られ、本当に大切なものが残っていく。
自分一人では無理だと気づく。
誰かの力を借りる必要があると知る。
自分の弱さも、足りなさも認める。
以前、私は「諦める」とは、明らかに認めることではないかと感じたことがある。
これは、夢を捨てるという意味ではない。
できないことを認める。
向いていないことを認める。
一人では限界があることを認める。
その上で、
「では、どうすれば実現できるか」
を考える。
これは、むしろ夢を現実に近づけるために必要な姿勢だと思う。
何でも一人で抱え込むことが強さではない。
自分の限界を認め、仲間と共に進むこともまた、強さである。
そして、この姿を子供達に見せることが大事なのではないかと思う。
私は以前から、「子供は大人の背中を見て育つ」と考えている。
大人が疲れ切り、
「どうせ無理」
「世の中は変わらない」
「夢なんて見ても意味がない」
と言っていたら、子供達は未来を信じにくくなる。
逆に、大人が不完全でもいいから、未来を良くしようとしている姿を見せる。
失敗しても、また立ち上がる。
わからないことを学ぶ。
人に助けを求める。
誰かのために動く。
そういう姿こそ、子供達にとっての希望になるのではないかと思う。
今は、AIが文章を書き、画像を作り、情報を整理し、さまざまな仕事を支援してくれる時代である。
これから多くの仕事は変わるだろう。
しかし、どれだけAIが進化しても、最後に問われるのは、
「人間は、どんな未来を望むのか」
ということではないだろうか。
技術は道具である。
その道具を何のために使うのか。
誰を幸せにするために使うのか。
どんな社会を作るために使うのか。
そこには、人間の意志が必要である。
夢が必要である。
希望が必要である。
祈りが必要である。
AIが進化するほど、人間の内側にある願いの質が問われるようになるのかもしれない。
ただ便利になればいいのか。
ただ効率化すればいいのか。
ただ儲かればいいのか。
それとも、子供達が安心して生きられる未来を作るのか。
誠実に働く人が報われる社会を作るのか。
弱い立場の人を置き去りにしない仕組みを作るのか。
そういう問いが、これからますます大事になる気がする。
『GIFT』というドラマのタイトルも、考えてみれば面白い。
GIFTとは、贈り物である。
才能もまた、贈り物かもしれない。
出会いもまた、贈り物かもしれない。
何気なく見たドラマの中の一言も、人生にとっての贈り物になることがある。
今回、私にとってのGIFTは、この言葉だった。
「昨日の夢は、今日の希望、明日の現実」
昨日の夢は、まだ形がない。
人に笑われるかもしれない。
自分でも本当にできるのか不安になるかもしれない。
しかし、その夢に意志が宿った時、希望になる。
そして希望は、祈りとなり、行動となる。
行動すれば、必ず失敗する。
しかし失敗は、終わりではない。
改善の材料である。
現実に近づくための道しるべである。
そうして人は、少しずつ未来を作っていく。
人類は、ずっとそうしてきたのだと思う。
空を飛びたいと願った。
遠くの人と話したいと願った。
病気を治したいと願った。
宇宙へ行きたいと願った。
もっと良い社会を作りたいと願った。
そのすべてが、最初は夢だった。
けれど、誰かが希望に変えた。
祈り、行動し、失敗し、改善した。
そして今、私たちはその現実の中に生きている。
ならば、今の私たちが見る夢も、いつか誰かの現実になるかもしれない。
そう考えると、大人の役割は重い。
子供達に完璧な姿を見せる必要はない。
むしろ、完璧でなくていい。
大切なのは、未来を諦めていない姿を見せることだと思う。
夢を持つ。
希望に変える。
祈る。
行動する。
失敗する。
改善する。
また進む。
その姿こそが、子供達への本当のGIFTになるのではないか。
私はそう思った。

髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役