「平等」と「公平」。私たちは日常的にこれらの言葉を使いますが、その違いを正しく説明できる人は意外と少ないかもしれません。しかし、この二つの概念を混同することは、時に社会の活力を削ぎ、時に不必要な分断を生む原因となります。
本稿では、平等と公平の定義から始め、資本主義と社会主義の視点の違い、日本特有の「悪平等」問題、そして「努力が報われつつ、弱者が取り残されない社会」をどう構築すべきかという、極めて現代的で重要なテーマについて深く掘り下げていきます。
平等と公平:似て非なる二つの正義
まず、基本的な定義を整理しましょう。
平等 (Equality) とは
平等とは、「すべての人に同じものを与える」という考え方です。
・特徴: 全員が同じ扱いを受け、同じ量のリソースや機会を提供されます。
・例: 全員に同じ高さの踏み台を与える。すべての学生に同じ教科書を配布する。
・利点: 手続きが明確で、差別を防止しやすい。
・欠点: スタートラインの違いや、個々のニーズを無視してしまう。
公平 (Equity) とは
公平とは、「個々の状況やニーズに応じて適切なものを与える」という考え方です。
・特徴: 個人の状況や背景を考慮し、結果として全員が同じラインに立てるよう調整します。
・例: 背の低い人には高い踏み台を、背の高い人には低い踏み台を与える。
・利点: 実質的な機会の均等を実現できる。
・欠点: 「誰にどれだけ配分するか」の判断が主観的になりやすく、合意形成が難しい。
よく使われる比喩に「フェンス越しに野球を見る3人」の例があります。
・平等: 全員に1つずつ箱を与える。背の高い人は見えるが、低い人は見えないまま。
・公平: 背の低い人に2つ、中くらいの人に1つ、高い人には箱なし。これで全員が試合を楽しめる。
資本主義と社会主義、それぞれの「正義」
この「平等」と「公平」の対立は、社会システムの根幹である資本主義と社会主義の対立にも現れます。
資本主義が目指す「機会の平等」
資本主義は、「形式的な平等(Equality)」を重視します。 「誰でも自由にビジネスを始めていい」「誰でも試験を受けていい」というスタートラインの平等を保障し、その後の競争で生じる格差は、努力や能力の結果として容認します。これにより、社会に競争とイノベーションが生まれます。
社会主義が目指す「結果の公平」
社会主義は、「実質的な公平(Equity)」を重視します。 富の再分配を通じて経済的格差を縮小し、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」社会を目指します。生活の基本的ニーズを保障し、弱者が取り残されないことを最優先します。
現代の多くの先進国は、この両者の良いところを組み合わせた「混合経済」を採用しています。例えば、自由な競争(資本主義)を認めつつ、高い税金で手厚い福祉(社会主義的要素)を実現する北欧モデルがその代表例です。
日本社会が抱える「悪平等」という病
ここで、日本特有の現象について触れなければなりません。運動会で「順位をつけない」「全員で手を繋いでゴールする」といった光景に象徴される「悪平等」です。
これは、平等(Equality)でも公平(Equity)でもありません。個人の能力や努力の差を無視し、無理やり「同じ結果」を強いる画一主義です。
悪平等の弊害
❶ 努力の否定: 頑張っても頑張らなくても同じ結果なら、誰も努力しなくなります。
❷ 個性の抑圧: 「出る杭は打たれる」文化を醸成し、突出した才能を潰してしまいます。
❸ 現実とのギャップ: 学校で「みんな一緒」と教わった子供たちが、社会に出た瞬間に激しい競争(格差)に直面し、適応できなくなるリスクがあります。
真の平等とは、「誰もが全力を出し切れる場を保障すること」であり、真の公平とは、「結果が振るわなかった者にも再挑戦の道を用意すること」であるべきです。
理想的な社会モデル:3段階の発展サイクル
では、私たちはどのような社会を目指すべきでしょうか。一つの成熟した視点として、以下の3段階モデルを提案します。
第1段階:スタートラインの平等
人間は生まれながらにして尊厳があり、権利において平等であるべきです。良質な教育、医療、安全な環境。これらは親の経済力に関わらず、すべての子どもに等しく提供されるべき「平等(Equality)」の領域です。
第2段階:努力と成果の公平
人生が始まった後は、個人の努力や選択によって差が生まれることを認めます。頑張った人が報われ、価値を創造した人が豊かになる「公平(Equity)」な競争環境です。これが社会を動かすエネルギーになります。
第3段階:成熟した社会的責任(ノブレス・オブリージュ)
競争の結果、豊かさを得た人々は、自分の成功が「自分の実力」だけでなく「社会のインフラ」や「幸運」に支えられていたことを自覚します。そして、自発的、あるいは制度を通じて、支援が必要な人々に手を差し伸べ、社会に還元します。
このサイクルが回ることで、社会は「活力」と「安心」を両立させることができます。
フリーライダー(ただ乗り)問題への対処
しかし、この理想的なサイクルを阻害する存在がいます。「本来できる能力があるのに、何もしないで利益だけを得ようとする者」――いわゆるフリーライダー(ただ乗り)です。
フリーライダーの類型
❶ 意図的な搾取者: 制度の網の目を潜り、不正に利益を得る者。
❷ 特権の世襲者: 自分の努力ではなく、親の権力や既得権益の上に胡坐をかき、社会への還元を拒む者。
なぜこれが問題なのか
もし、社会がフリーライダーを放置すれば、第2段階で努力している人たちの士気が著しく低下します。「真面目に働くのが馬鹿らしい」という空気が蔓延すれば、社会契約そのものが崩壊し、最終的には第3段階の「助け合い」の原資すらなくなってしまいます。
解決へのアプローチ
「働かざる者食うべからず」という極端な排除に走るのではなく、「貢献には報酬を、便益には責任を」という原則を制度に組み込む必要があります。
・透明性の確保: 既得権益や不正な富の蓄積を監視するシステム。
・インセンティブの再設計: 挑戦する人が報われ、貢献する人が尊敬される文化。
・義務教育での啓発: 権利と義務はセットであるという、市民としての倫理教育。
まとめ:私たちが今日からできること
平等と公平の議論は、究極的には「人間をどう信じるか」という問いに行き着きます。
人間は、放っておけば楽な方に流れる生き物かもしれません。しかし同時に、誰かの役に立ちたい、より良いものを作りたいという高潔な野心も持っています。
私たちが目指すべきは、以下の3つが調和した社会です。
❶ すべての人に挑戦のチャンスがある(平等)
❷ 努力が正当に評価され、報われる(公平)
❸ 成功した者が弱者を支え、次世代を育てる(責任)
日本の「悪平等」を脱し、他人の成功を妬むのではなく、自らの努力を誇り、かつ他者への想像力を失わない社会。そんな「成熟した公平さ」を持つ社会を、私たち一人ひとりの意識変革から始めていきましょう。
「自分だけが良ければいい」という思考を超え、「自分たちが良くなるために、どう貢献できるか」を問い続けること。それが、真の意味での平等な社会を作る第一歩なのです。

髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役