新しいものは、いつも法律より先に生まれる

先日、ある経営者から、とても面白い話を聞いた。

それは、

新しい商売や新しい技術が生まれたとき、法律を作る側も、その世界のことを最初からすべて分かっているわけではない

という話だった。

考えてみれば当たり前かもしれない。

今まで世の中になかったものなのだから、実際にどんな商売が行われるのか、どんな問題が起きるのか、どこに抜け道があるのかまで、最初から全部予測することは難しい。

そこで、新しい分野を先行してやっている事業者が、法律に触れているのではないかと捜査の対象になることがある。

場合によっては逮捕され、長期間にわたって取り調べを受ける。

でも、

逮捕されたからといって、必ず起訴されるわけではない。

僕は、この話を聞いて、

「そんなこともあるんだ」

と思った。

もちろん、捜査機関が新しい業界について勉強するためだけに人を逮捕するわけではない。

犯罪の疑いがあるから捜査する。

ただ、新しい分野では、既存の法律をどこまで適用できるのか、その境界線自体がまだはっきりしていないこともある。

そして、実際にその分野を先行している人を取り調べる中で、

「そもそも、この商売はどういう仕組みなのか」

「なぜ、こういう取引をするのか」

「どこに問題が起こる可能性があるのか」

という実態が見えてくる。

先日聞いた話では、さらにこんなことまで聞かれるという。

「もし、本当に悪い人間がこの仕組みを使うとしたら、どんなことをすると思いますか?」

この言葉が、とても印象に残った。

悪い人だったら、どこを突くのか

新しい仕組みを考えた人は、普通、その仕組みを悪用しようとは考えていない。

「こうすれば便利になる」

「こうすれば新しい商売ができる」

と考えて作っている。

でも、法律や制度を作る側は、それだけでは駄目なのだろう。

悪意のある人間だったら、どこを突くのか。

そこまで考えなければ、本当に機能するルールにはならない。

例えば、

無理やり買わせたらどうなるのか。

その場で契約を迫ったらどうなるのか。

十分に考える時間を与えなかったらどうなるのか。

そこで、

「一度契約しても、家に帰って頭を冷やして考え直せる期間を作ろう」

という発想が出てくる。

それが、僕たちがよく知っているクーリングオフだ。

実際、日本では1970年代、販売員が突然家庭を訪問し、百科事典などの高額商品を強く勧め、分割払いで契約させるトラブルが増加した。

その対策として1972年、割賦販売法の改正によってクーリングオフ制度が導入された。

今では、

「訪問販売ならクーリングオフできる」

というのは、多くの人が知っている常識だ。

でも、最初からそんな制度があったわけではない。

新しい販売方法が広がる。

問題が起きる。

悪用する人も出てくる。

そして、

「では、消費者を守るために何が必要なのか」

と考えながら、ルールが作られてきた。

新しいものは、法律より先に生まれる

この話を聞いて、僕は法律に対するイメージが少し変わった。

僕たちは何となく、

法律が先にあって、その法律の中で商売をする

と思っている。

もちろん、多くの場合はそうだ。

でも、世の中を大きく変えるような新しいものでは、逆のことが起きる。

新しい技術や商売が先に生まれる。

そして社会が、

「これは一体何なんだ?」

となる。

既存の法律に当てはめてみる。

でも、きれいに当てはまらない。

問題も起こる。

事件になることもある。

そこで初めて、

どこまでは認めるのか。
どこからは禁止するのか。
消費者をどう守るのか。
悪用をどう防ぐのか。

という具体的な境界線が作られていく。

法律というのは、一度作ったら完成ではない。

現実を見ながら、少しずつ精度を上げていくものでもある。

そんなことを、この話から感じた。

暗号資産も、まさにそうだった

その経営者から聞いた話では、暗号資産の世界でも似たようなことが起きたという。

暗号資産が登場した頃を思い出してみると、

「怪しい」

「危ない」

「そんなものはお金じゃない」

という見方はかなり強かった。

僕自身も、最初はよく分からなかった。

当然だと思う。

それまで存在しなかったものだからだ。

一方で、技術やビジネスはどんどん先へ進んでいく。

法律や制度が後から追いかける。

すると、その途中では、

「これは合法なのか、違法なのか」

という境界が分かりにくい時期が生まれる。

そこで、その世界を先行している事業者が捜査や取り調べの対象になることがある。

先日聞いた話が興味深かったのは、当事者が単に、

「なぜ自分がこんな目に遭うんだ」

と考えるだけではなかったということだ。

むしろ、

自分がこの世界をきちんと説明しなければ、悪質なケースだけを見て、業界全体が変な方向へ規制されてしまうかもしれない。

そんな懸念もあったのではないか、という話だった。

これはよく分かる。

もし、新しいものについて最初に社会が知った事例が、

詐欺だった。

被害者が大量に出た。

お金を持ち逃げした。

そんな事件だったら、

「この仕組み自体が危険なのではないか」

となってしまう。

しかし、

「仕組みそのものには、こういう価値があります」

「普通に使えばこういうことができます」

「ただし、悪意のある人ならここを悪用できます」

と説明できれば、

技術そのものを禁止するのではなく、危険な部分にルールを作る

という考え方もできる。

もちろん、実際の法律や制度が一人の話だけで決まるわけではない。

いろいろな事件、専門家の議論、行政、国会、業界、消費者など、さまざまな要素によって制度は作られる。

でも、

現実の事例から法律が学んでいく

ということは、確かにあるのだと思う。

「怪しいもの」だった暗号資産を国家が持つ

そして今、暗号資産を見ると面白い。

アメリカでは2025年3月、トランプ大統領が「Strategic Bitcoin Reserve」、つまり戦略的ビットコイン準備金を設置した。

米国政府が保有するビットコインを準備資産として管理するというものだ。

さらにトランプ政権は、米国をデジタル資産分野の世界的リーダーにすることを政策として明確に打ち出している。

日本でも2026年7月、暗号資産に関する制度整備を含む金融商品取引法・資金決済法の改正法が成立した。

金融庁は、市場の公正性や透明性、投資者保護を確保しながら、暗号資産に関する制度を整備していくとしている。

十数年前なら、

「暗号資産なんて怪しい」

と言われていた。

それが今では、国家レベルで制度の中に組み込まれようとしている。

これはかなり大きな変化だと思う。

ポイントだって、デジタル上の「価値」である

先日聞いた話では、ポイント制度の話も出てきた。

例えば1万円分のポイントがある。

僕たちは、

「ポイントだから、お金とは違う」

と思う。

でも、そのポイントで1万円分の商品が買えるのであれば、利用者にとってはかなりお金に近い価値を持っている。

当然、悪い人間は狙う。

アカウントを乗っ取る。

他人のポイントを使う。

システムの弱点を突く。

もしポイント残高そのものを不正に増やすことができれば、企業側には大きな損害が出る。

だからこれは単なる、

「ポイントカードの問題」

ではない。

もっと大きく言えば、

デジタル上に存在する「価値」を、どうやって安全に管理するのか

という問題だ。

そこでブロックチェーンのような技術が出てくる。

ブロックチェーンには、取引履歴の改ざんを難しくし、価値がどのように移動したのかを検証しやすくする特徴がある。

もちろん、

「ブロックチェーンを使えば不正がなくなる」

という単純な話ではない。

秘密鍵を盗まれることもある。

アカウントを乗っ取られることもある。

システムやプログラム自体に欠陥があることもある。

そして、アメリカが暗号資産を重視している理由も、ポイントだけではない。

金融。

国際決済。

ドル。

国家安全保障。

サイバーセキュリティ。

エネルギー。

技術覇権。

いろいろなものが絡み合っている。

だから、

「ポイントの不正を防ぐために暗号資産が広がった」

というような単純な話ではないと思う。

ただ、

「デジタル上の価値を、これからどう管理するのか」

という大きな課題の一つとして考えると、非常に面白い。

会社の仕組みづくりも、まったく同じではないか

そして、この話を聞きながら、

僕は、

「これって会社の仕組みづくりも同じじゃないか」

と思った。

会社でも、最初から完璧なルールを作ることは難しい。

どれだけ頭のいい人たちが集まって会議をしても、

実際に現場で何が起きるかまですべて予測することはできない。

だから、まずやってみる。

すると、

ミスが起きる。

想定外のことが起きる。

人によって解釈が違う。

確認漏れが起きる。

中には、ルールの穴を都合よく使う人が出るかもしれない。

そこで初めて、

「ここはダブルチェックにしよう」

「この権限は一人に集中させないようにしよう」

「このケースについてもルールを作ろう」

「この数字は自動で記録されるようにしよう」

という改善ができる。

つまり、

問題が起きるから、仕組みは強くなる。

大切なのは、問題が起きたときに、

「誰が悪いんだ」

だけで終わらせないことだと思う。

もちろん、本人に責任がある場合もある。

でも、それと同時に、

「なぜ、この問題が起きることを仕組みとして防げなかったのか」

と考える。

その視点がなければ、また同じ問題が起きる。

今の常識も、最初は常識ではなかった

考えてみれば、

今、僕たちが当たり前に使っているものも、最初から当たり前だったわけではない。

クレジット。

通信販売。

インターネット。

スマートフォン。

そして暗号資産。

新しいものが出てくると、人は警戒する。

「怪しい」

「危ない」

「そんなものは必要ない」

そう思うのは、ある意味当然だ。

本当に危険なものもある。

だから規制も必要だ。

でも一方で、

「今までにないから怪しい」のか。

それとも、

「本当に危険だから怪しい」のか。

この二つは分けて考えた方がいい。

新しいものが、最初から今ある法律や常識の中にきれいに収まって登場するとは限らない。

むしろ、

新しいものは、いつも法律より少し先に生まれる。

新しいものが生まれる。

問題が起きる。

社会がそこから学ぶ。

悪用する人が出てくれば、その穴を塞ぐ。

そしてルールが進化する。

法律もそう。

会社の仕組みもそう。

最初から完璧な仕組みを作るのではなく、現実から学びながら、より強い仕組みに変えていく。

先日聞いた話は、

「法律とは何なのか」

そして、

「仕組みを作るとはどういうことなのか」

を改めて考えさせてくれる、非常に面白い話だった。