なぜ西洋の成功哲学は、日本の経営者にしっくりこないのか

先日、友人からある一冊の本をいただいた。

『誰も書かなかった日本人のための成功法則』という本である。

ちなみに、この本は現在市販されていない。もともと限定配布されたもので、今となっては大変貴重な一冊である。

タイトルだけを見ると、よくある成功哲学の本のようにも見える。

ところが読み進めていくうちに、

「なるほど。そういうことだったのか」

と、これまで自分の中にあった一つの違和感が、少しずつ言葉になっていった。

僕自身、これまでさまざまな成功哲学や自己啓発の考え方に触れてきた。

「明確な目標を持ちなさい」

「成功した姿をイメージしなさい」

「強く願い、行動し続けなさい」

言っていることは理解できる。

実際、それで大きな成功を収めた人たちもいる。

だから、間違っているとは思わない。

ただ、昔からどこか、

「理屈は分かる。でも、心の底からは共感できない」

という感覚があった。

おそらく、同じような感覚を持ったことのある日本人経営者は、少なくないのではないだろうか。

この本では、その理由の一つを、

「やり方(DO)」と「あり方(BE)」の違い

として説明している。

どんなに優れた「やり方」を学んでも、それを実践する人間の「あり方」が違えば、同じ結果になるとは限らない。

著者は、「やり方」をいくら論じても、「あり方」を正しい形で確定しない限り意味がない、と述べている。

これを読んだとき、以前聞いた友人の話を思い出した。

その友人は、かつてマッキンゼーと一緒に、日本企業に対するコンサルティングの仕事をしていた。

世界最高峰ともいわれるコンサルティング会社の方法論である。

当然、分析も戦略もロジックも高度だったはずだ。

ところが、実際には思ったほど成果が出なかったという。

もちろん、これはマッキンゼーの手法が悪いという話ではない。

優れた方法論であっても、それを受け入れる企業や経営者の価値観、組織風土、人間関係まで含めて考えなければ、現実は動かないということなのだと思う。

その友人はその後、日本の神道など、日本人のものの考え方を学ぶようになった。

当時は僕も、その話を「そういうこともあるのか」と聞いていた。

しかし今回、この本を読んで、あの話が急につながった。

西洋で生まれた優れた「やり方」を日本に持ってきても、その土台となる「あり方」まで同じとは限らない。

だから、DOだけを輸入しても、うまく機能しないことがある。

そう考えると、僕が以前から感じていた違和感も理解できる。

成功する「やり方」を教えてください

一方で、今の日本の経営者を見ていると、ずいぶん西洋化したとも感じる。

経営相談をしていると、

「売上を上げる方法を教えてください」

「成功している会社は何をやっていますか」

「SNSは何を使えばいいですか」

「AIをどう使えば儲かりますか」

といった相談は本当に多い。

つまり、最初から「やり方」を求めている。

もちろん、やり方は大切である。

僕自身も経営コンサルタントとして、マーケティングや財務、補助金、業務改善など、具体的な方法を数多く伝えてきた。

しかし、同じ方法を教えても、成果はまったく同じにはならない。

すぐに実行し、自分なりに工夫し、成果につなげる経営者もいる。

一方で、少しやってうまくいかなければ止めてしまう人もいる。

僕の実感では、ノウハウを学んだだけで大きな成果につなげられる人は、ごく一部だと思う。

この本でも、成功法則を知っている人は多いのに、実際に結果を出す人は限られているのではないか、という問題提起がされている。

さらに興味深いのは、結果が出ないと、次の「やり方」を探し始めるという点である。

もっといいマーケティング手法があるのではないか。

もっといい営業方法があるのではないか。

もっといいSNSがあるのではないか。

もっといいAI活用法があるのではないか。

そうして知識やノウハウを積み重ねていく。

本書では、これを「知識を積み重ねることのワナ」として扱っている。

やり方を探し続けても、「あり方」が変わらなければ、結局同じところを回り続けることになる。

ここまでは、この本を読んで非常に納得した部分である。

ただ、僕は日本の場合、もう一つ大きな問題があると思っている。

日本では、失敗した後の再挑戦が難しい

西洋型、特にアメリカ的な成功哲学には、

挑戦する → 失敗する → 学ぶ → 修正する → 再挑戦する

という考え方があるように思う。

一度失敗したからといって終わりではない。

失敗から何かを学び、別の方法を試し、成功するまで続ける。

ところが、多くの日本人は一度うまくいかないと、

「自分には才能がない」

「自分には向いていない」

「やっぱり無理だった」

と考えて、そこで諦めてしまうことがある。

これは本人だけの問題とも言い切れない。

日本には、いまだに減点主義的なところがあるからだ。

一度大きな失敗をすると、周囲からの評価が下がる。

経営者であれば、金融機関からの見方が厳しくなることもある。

取引先や周囲からも、「一度失敗した人」と見られることがある。

もちろん、最近は再挑戦を支援する制度も増えているし、日本だけが特別に厳しいと単純化するつもりはない。

それでも、失敗を「経験」として評価するより、失敗しなかったことを評価する傾向は、日本社会にはまだ強く残っているように感じる。

そう考えると、少し矛盾している。

僕たちは西洋から、

「大きな目標を持ちなさい」

「挑戦しなさい」

「成功するまで諦めるな」

という成功哲学を取り入れてきた。

しかし、その成功哲学を成立させるために必要な、

「失敗しても、もう一度挑戦できる環境」

までは、十分につくれていないのではないか。

つまり、やり方だけを輸入し、そのやり方が機能する社会的な土台までは整えてこなかったとも言える。

これでは、同じ成功法則を学んでも、同じように機能しないのは当然かもしれない。

西洋を否定する話ではない

ここで誤解してほしくないのは、西洋の成功哲学や経営手法を否定したいわけではないということだ。

今回読んだ本にも、冒頭でそのことが明確に書かれている。

西洋の成功法則を否定するのではなく、これまで学んできた西洋の知識も無駄にはならない。

そして「和」とは「統合」である、としている。

僕も、この考え方には非常に共感する。

マーケティング、財務分析、KPI、DX、AI、戦略論。

西洋で発展した経営手法には、優れたものがたくさんある。

それを捨てる必要はない。

問題は、それを使う前に、

「自分は何のために経営しているのか」

「この会社は何のために存在しているのか」

「どんな経営者でありたいのか」

という「あり方」があるのかどうかだと思う。

その土台があった上で、優れた「やり方」を使う。

言い換えれば、昔から日本にある言葉の、

「和魂洋才」

なのかもしれない。

日本人としてのあり方を持ちながら、西洋の優れた知識や技術を取り入れる。

どちらか一方を選ぶのではなく、両方を生かす。

成功する方法を教える前に

今回この本を読んで、経営コンサルタントとしての自分の仕事についても、改めて考えさせられた。

経営者から、

「成功する方法を教えてください」

と言われたとき、方法を答えることはできる。

しかし、本当に必要なのは、その前に、

「あなたは何のために会社を経営しているのですか」

「何を実現したいのですか」

「あなたは、どんな経営者でありたいのですか」

と問いかけることなのかもしれない。

そして、失敗しない方法だけを教えるのではなく、失敗したとしても、そこから学び、立て直し、もう一度前に進める経営者をつくること。

その方が、長い目で見ればずっと大切なのではないかと思う。

成功の「やり方」を学ぶことは大切である。

でも、その前に自分自身の「あり方」を知る。 今回の一冊は、僕がこれまで何となく感じていたその違いを、改めて考えるきっかけをくれた。