善光寺に呼ばれて気づいたこと

――大事なことほど、人任せにしてはいけない

先日、善光寺に行ってきた。

善光寺という名前はもちろん知っていた。
先祖供養で有名なお寺だということも、何となく知っていた。

ただ、私はこれまで一度も行ったことがなかった。
どこにあるのかも、正直よくわかっていなかった。

それでも、人から先祖供養について聞かれると、

「善光寺がいいらしいですよ」

と答えていた。

今思えば、ずいぶん適当だったのかもしれない。

もちろん、悪気があったわけではない。
善光寺が先祖供養で知られるお寺であることは聞いていたし、実際によい場所なのだろうと思っていた。

しかし、自分で行ったことはない。
どんな場所なのかも知らない。
どれくらい行きやすいのかも知らない。
どんな空気があるのかも知らない。

それなのに、人には「善光寺がいいらしい」と言っていたのである。

今回、実際に善光寺へ行ってみて、そのことに少し反省した。

自分で行ってみなければ、わからないことがある。
自分の足で歩いてみなければ、感じられないことがある。
善光寺は、まさにそういう場所だった。

初めて行く善光寺に対して、私は勝手に、ひっそりとしたお寺を想像していた。

長い歴史を持つ有名なお寺だからこそ、静かで、厳かで、少し奥まった場所にあるような印象を持っていた。
ところが、実際にはまったく違った。

まず驚いたのは、長野駅前よりも善光寺の門前の方が賑わっているように感じたことだった。

長野駅から善光寺までは、思っていたよりも近かった。
そして善光寺へ向かう道には、お店が並び、人が歩き、土産物を見たり、食べ物を楽しんだりしている人たちがいた。

駅を中心に町があるのではなく、善光寺を中心に人の流れができている。
そんな印象を受けた。

これが門前町というものなのだろう。

考えてみれば、お寺や神社の前にお店が並び、人が集まる場所はいくつかある。
むしろ神社の方が、参道に店が並び、人が集まる場所は多いように思う。

一方で、お寺の前にこれほど大きな門前町が残り、今も賑わっている場所となると、私には浅草寺、清水寺、善通寺、そして善光寺くらいしかすぐには思い浮かばなかった。

善光寺は、ひっそりとしたお寺ではなかった。
門前の賑わいの先に、祈りと先祖供養の深い世界が広がっている場所だった。

お寺というと、静かに手を合わせる場所という印象が強い。
もちろん、それは間違っていない。

しかし本来、お寺や神社は、ただ静かに祈るだけの場所ではなかったのかもしれない。

人が集まる。
旅をする。
食べる。
買い物をする。
誰かと話す。
そして、祈る。

信仰と商いは、もともと完全に切り離されたものではなかったのだと思う。
人が祈りの場へ向かうから、そこに道ができる。
道ができるから、店が生まれる。
店が生まれるから、町が育つ。

善光寺の門前町を歩きながら、私はそんなことを感じた。

善光寺について、もう一つ驚いたことがある。

それは、特定の宗派に属さないお寺だということだった。

普通、お寺と聞くと、何宗のお寺なのかを考える。
曹洞宗なのか、臨済宗なのか、真言宗なのか、浄土宗なのか。
つい宗派で理解しようとする。

しかし善光寺は、宗派を問わず、すべての人を受け入れるお寺だという。

これも、実際に行ってみると納得できる気がした。

門前町の雰囲気にも、善光寺そのものにも、閉じた感じがあまりない。
祈りに来た人も、観光に来た人も、食べ歩きをしている人も、土産物を買っている人も、どこか自然に受け入れられている。

厳かさはある。
しかし、拒まれる感じはない。

善光寺には、人を受け入れる大きさがある。
だからこそ、長い時代を超えて、多くの人が訪れてきたのかもしれない。

さらに、「善光」という名前にも驚いた。

私は勝手に、善光寺の「善光」は地名のようなものだと思っていた。
ところが、善光とは人の名前だったという。

本田善光という人物が仏と出会い、そのご縁が善光寺の始まりにつながった。
その人の名前が寺の名前となり、今も多くの人がその名を訪ねて来ている。

一人の人間の行動が、やがて寺となり、町となり、長い歴史になる。

歴史とは、最初から大きな形で始まるものではないのかもしれない。
一人の人が何かを信じ、大切にし、次へ運ぶ。
その積み重ねが、いつしか多くの人を集める場所になる。

善光寺の名前の由来を知った時、私はそんなことを考えた。

そして今回、私が善光寺へ行ったことには、もう一つ大きな意味があった。

実は、私と善光寺のご縁は、今回がまったく初めてではなかった。

昨年、仲間が善光寺に行った時、私の父の永代供養をお願いしてくれていた。
その時にお札もいただき、私はそれを仏壇に飾っている。

ところが、そのお札を仏壇に飾った時、不思議な感覚があった。

仏壇に置いてある父の遺影が、どこか私を睨んでいるように見えたのである。

もちろん、写真そのものが変わるわけではない。
遺影は遺影であり、そこに写っている父の表情が物理的に変わったわけではない。

それでも、その時の私は思わず「えっ」と感じた。

何か言いたいことがあるのだろうか。
何か違うのだろうか。

その時は、意味がよくわからなかった。

仲間が善光寺で供養をお願いしてくれたことはありがたいことだった。
お札をいただいたことも、父にとってよいことだと思っていた。

それなのに、なぜか父の遺影が厳しい顔に見えた。

私は不思議に思いながらも、その感覚を心のどこかに残したまま過ごしていた。

そして今回、初めて自分の足で善光寺を訪れた。

その時、ふと思った。
もしかすると、父に呼ばれたのかもしれない。

今になって思うと、父が言いたかったのは、供養を人に頼んだことが悪いということではなかったのだと思う。
仲間が善光寺で供養をお願いしてくれたことは、本当にありがたいことだった。

ただ、父は私にこう言いたかったのかもしれない。

「大事なことだから、人に頼んで終わりにするな。
お前自身が行ってこい。
自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の心で感じてこい。」

そういうことだったのではないか。

供養とは、手続きを済ませることではない。
亡くなった人と、自分自身が向き合うことなのだ。

善光寺に立った時、昨年感じた父の遺影の表情と、今回自分がここに来たことが、どこかでつながったような気がした。

本堂の前に立ち、手を合わせる。
父のことを思う。
これまでのことを思う。
そして、自分が今ここに立っていることを思う。

亡くなった人に対して、私たちは何ができるのだろうか。

供養とは、亡くなった人のために行うものだと思っていた。
もちろん、それはそうなのだと思う。

しかし同時に、供養とは、生きている自分の心を整えることでもあるのかもしれない。

ちゃんと手を合わせる。
ちゃんと報告する。
ちゃんと感謝する。

それによって、亡くなった人との関係が、自分の心の中で少し整う。

善光寺で手を合わせながら、私はそんなことを感じた。

供養の場で、女性の僧侶がいらっしゃったことも印象に残っている。

その時、「鷹司家」という言葉を耳にしたように思う。
詳しいことまではその場ではわからなかったが、皇室や公家とつながりのある由緒ある家柄の名前だという印象を受けた。

女性の僧侶が供養をあげている姿を見て、私はふと、僧侶も女性の時代なのだなと思った。

ただ、後から考えると、それは単に現代的な変化というだけではないのかもしれない。
善光寺には、尼僧によって受け継がれてきた流れもあるという。

女性が祈りを担う姿は、新しいようでいて、実は古くから続いてきた信仰の姿でもあるのだろう。
そこにも、善光寺という場所の奥深さを感じた。

帰ってから、仏壇に手を合わせた。

善光寺に行ってきたことを、父に報告した。

すると、不思議なことに、父の遺影が穏やかな顔つきに見えた。

もちろん、それも私の感じ方である。
写真が変わったわけではない。
見る側の心が変わっただけなのかもしれない。

けれど、私はそれでよいと思った。

昨年、お札を飾った時には、父の遺影が厳しく見えた。
今回、自分の足で善光寺に行き、手を合わせ、帰って報告したら、穏やかに見えた。

それだけで、私の中では何かが一つ整ったような気がした。

今回、善光寺に行ってよかったと思う理由は、それだけではない。

これまで私は、先祖供養について聞かれると、

「善光寺がいいらしいですよ」

と答えていた。

しかし、これからは少し違う言い方ができると思う。

「善光寺はいいですよ。
私も実際に行ってきました。
長野駅からも行きやすいし、門前町も素敵です。
供養だけでなく、自分の心を整える場所としても行く価値があると思います。
人にお願いするのもありがたいことですが、大事な供養だからこそ、自分で一度足を運んでみてもいいと思います。」

そう言えるようになった。

これは、私にとって大きな変化である。

人から聞いた話としてすすめるのと、自分で体験したこととしてすすめるのとでは、言葉の重みが違う。

今回、私は善光寺に行って、それを実感した。

善光寺は、単なる観光地ではなかった。
門前町の賑わいがあり、宗派を問わず人を受け入れる大きさがあり、先祖供養の深い世界があった。

そして私にとっては、父との関係をもう一度整える場所でもあった。

行く前の私は、善光寺を「先祖供養で有名なお寺」としか見ていなかった。
しかし行ってみると、そこには想像以上に豊かな世界があった。

長野駅から近いことも、門前町が賑わっていることも、女性の僧侶が供養をあげていたことも、宗派を問わず人を受け入れることも、善光という名前が人の名前だったことも、すべて行ってみて初めて実感したことである。

そして何より、父に報告した時に、遺影が穏やかに見えた。

それが本当に父の思いだったのか、自分の心が整ったからなのかはわからない。
ただ、私は今回、行くべき場所に行けたのだと思う。

善光寺に呼ばれた。
父に呼ばれた。
そう感じてもよいのではないかと思っている。

そして父が教えてくれたことは、もしかすると、とてもシンプルなことだったのかもしれない。

大事なことほど、人任せにしない。
自分の足で行き、自分の目で見て、自分の心で感じる。

今回の善光寺参拝は、そのことを私に教えてくれた旅だった。