先日、ある会員制の寿司店へ行った。
私は会員ではない。
しかし調べてみると昼は一般利用可能とのことだったので、予約をして訪問した。
店構えは立派だった。
接客も丁寧だった。
料理も悪くない。
前菜、お造り、天ぷら、茶碗蒸し、煮付け、寿司10貫、椀物、デザート。
しかもトロやウニまで付いている。
これだけ付いて税込4,000円。
正直、かなりリーズナブルだと思った。
土曜日の昼だったが、お客様はそれほど多くなかった。
私以外の予約客はいないように見えた。
飛び込みのお客様が数組来ていた程度である。
私は料理を楽しみながらも、どうしても気になることがあった。
「会員制」である。
なぜ寿司店が会員制なのだろう。
私は会計前に店員さんへ聞いてみた。
「こちら、会員制のお店ですよね?」
すると、
「昼は一般のお客様も大丈夫なんです」
とのことだった。
「そうなんですね」
と答えると、店員さんは続けた。
「夜もぜひいらしてください」
私は少し不思議に思った。
「でも僕、会員じゃないんですけど」
すると、
「大丈夫ですよ。お電話で予約いただいて、会員登録していただければ会員になれますので」
とのことだった。
そこで私はさらに聞いてみた。
「会員になるメリットって何かあるんですか?」
すると返ってきた答えは意外だった。
「それ、よく聞かれるんですけど、特にないんですよ」
私は思わず、
「そうなんだ……」
と思った。
会員制なのに特典がない。
しかも会員登録は簡単にできる。
ではなぜ会員制なのだろう。
その疑問が頭から離れなかった。
私はなぜ会員にならなかったのか
料理には満足した。
4,000円という価格を考えれば十分合格点だった。
接客も悪くない。
店の雰囲気も良かった。
しかし私は会員になりたいとは思わなかった。
なぜだろう。
その時の私は、
「会員特典は特にない」
と認識していた。
だから純粋に店そのものの価値で考えていた。
もし夜に行くとしたら、
1万円以上の予算になるらしい。
では私はその金額を払ってでも、もう一度行きたいと思っただろうか。
答えはノーだった。
料理には満足した。
しかし、
「どうしてもまた行きたい」
という感情までは動かなかったのである。
例えば寿司であれば、
ネタだけではない。
シャリに店の哲学が出る。
赤酢を使う店もある。
ネタによって酢を変える店もある。
温度管理に徹底的にこだわる店もある。
食べ歩きをしていると、そんな違いが見えてくる。
今回の店は4,000円なら十分満足だった。
むしろ5,000円でも成立するかもしれない。
しかし1万円以上の世界となると、私にはまだその価値が見えなかった。
だから会員になりたいとも思わなかったのである。
70点の店と100点の店
私は飲食店を見る時、一つの考え方を持っている。
一般のお客様も100点満点で店を評価している。
しかし料理そのものの評価能力には違いがあると思う。
一般客が見分けられる料理の差は、おそらく70点くらいまでではないだろうか。
もちろん70点以上の料理を食べれば、
「美味しい」
とは感じる。
しかし75点と85点の違い。
85点と95点の違い。
その差を正確に見抜くのは難しい。
だから一般客は残りの部分を別のもので評価する。
接客。
店の雰囲気。
口コミ。
テレビやSNSの評判。
行列。
ストーリー。
有名人の来店。
そして会員制という言葉も、その一つかもしれない。
つまり一般客にとっては、
料理だけではなく、
料理以外の価値も含めて100点満点なのである。
一方で、食べ歩きが好きな人は80点くらいまでの違いが分かる。
さらにプロ級の食通になると90点の世界が見えてくる。
そしてカリスマ級になると100点の世界が見える。
ただしレベルが上がるほど人数は減る。
100点を見抜ける人は圧倒的少数派なのである。
つまり飲食店経営とは、
「どれだけ美味しい料理を作るか」
だけではない。
「誰を満足させたいのか」
を決めることでもある。
今回のお店は70点以上だと思う。
一般のお客様であれば十分満足するだろう。
私自身も満足した。
むしろ4,000円という価格を考えれば、かなり頑張っていると思う。
帰宅後に見つけた会員特典
ところが帰宅後、何気なくインターネットで調べてみると驚いた。
そこには、
・会員限定メニュー
・特別割引
・究極の食べ飲み放題
・VIPルーム
・完全個室利用
などの文字が並んでいたのである。
私は思わず、
「えっ、あるじゃないか」
と思った。
もちろん現在も実施されているのかは分からない。
ホームページの情報が古い可能性もある。
制度が変更されている可能性もある。
しかし少なくとも店頭では、そのような説明は一切なかった。
パンフレットもなかった。
会員案内もなかった。
もし会計時に、
「会員になるとこんな特典があります」
というパンフレットを一枚渡されていたらどうだっただろう。
私はおそらく目を通したと思う。
そして夜の利用を検討したかもしれない。
会員登録を検討したかもしれない。
しかし実際には、その機会がなかった。
ここで私は別の疑問を持った。
もしかすると問題は料理だけではなく、導線にもあるのではないか、と。
会員制とは何だろう
私は昔から会員制クラブやラウンジ、スナックの話を聞くことがあった。
実際には初めての客でも入れる店は少なくない。
しかしそこには理由がある。
暴力団関係者やトラブル客を排除し、客層を守るためである。
つまり会員制そのものが目的ではない。
安心できる空間を守るための仕組みなのだ。
では寿司屋の場合はどうだろう。
私は少し違う気がする。
寿司屋の会員制に求められるのは、
・特別な食材
・特別な体験
・職人との関係性
・希少性
・仲間意識
ではないだろうか。
ところが今回の体験では、その部分が見えなかった。
だから私は会員になりたいと思わなかったのかもしれない。
もしかすると昔はうまく機能していたのかもしれない
ここから先は私の想像である。
真実は分からない。
しかし私は一つの可能性を考えた。
もしかすると、この会員制度は以前はうまく機能していたのではないだろうか。
実は私に対応してくださった接客担当の方は、どう見ても新人には見えなかった。
接客も自然で丁寧だった。
経験も感じた。
だからこそ私は余計に考えた。
もし会員特典が現役で機能していて、今も積極的に会員を増やしたいのであれば、あの方は説明したのではないだろうか。
私は自分から会員制度について質問している。
それでも説明がなかった。
そこには何らかの理由があるように感じた。
コロナ禍で飲食業界は大きな打撃を受けた。
接待文化も変わった。
人手不足もある。
原材料費も上がった。
もしかすると以前は機能していた仕組みが、今は見直しの途中なのかもしれない。
もちろん真実は分からない。
しかし経営者としては、そんなことを考えてしまった。
道は最初から存在しない
今回の体験で最も考えさせられたのは導線である。
おそらく店側も、
昼に来店する。
店を気に入る。
会員になる。
夜に来店する。
そんな流れを描いていた時期があったのかもしれない。
しかし導線づくりは簡単ではない。
計画する。
実行する。
結果を測る。
改善する。
そしてまた実行する。
その繰り返しである。
最初から道など存在しない。
ただの草むらである。
誰かが歩く。
また誰かが歩く。
すると踏み跡ができる。
やがて獣道になる。
さらに利用者が増えると一般道になる。
そして最後には高速道路になる。
しかし高速道路になったから終わりではない。
時代が変われば補修も必要になる。
作り直しも必要になる。
ビジネスの導線も同じだと思う。
会員制の本質とは何か
私は今回の寿司店で、寿司以上に会員制について考えさせられた。
会員制とは何だろう。
割引だろうか。
特典だろうか。
VIPルームだろうか。
もちろんそれらも大切である。
しかし本質は違う気がする。
私は、
「この店の仲間になりたい」
と思わせることだと思う。
人は会員証が欲しくて会員になるのではない。
この場所が好きだから会員になるのである。
この人を応援したいから会員になるのである。
また来たいから会員になるのである。
私は寿司を食べに行ったつもりだった。
しかし考えていたのは寿司だけではなかった。
人はなぜ会員になるのか。
人はなぜリピートするのか。
そして価値はどうすれば伝わるのか。
今回の会員制寿司店で学んだのは、そんな経営の本質だったのである。

髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役