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吉野家の“絶品牛重”に感じた違和感、柿安の“無限牛鍋弁当”に惹かれる理由

——人は“味”だけで食べ物を選んでいるわけではない

最近、吉野家 の「絶品牛重」が話題になっていたので食べてみた。

国産牛を使用し、重箱風の見た目。
価格は1000円を超え、オプションを付けると1500円近くになる。

恐らく吉野家としては、

少し高単価の商品を作りたい

新たな客層を取り込みたい

“プチ贅沢”需要を狙いたい

そんな思いがあったのだと思う。

実際、今の牛丼チェーン業界は簡単ではない。

牛肉価格の高騰、米価格の上昇、人件費、光熱費。
かつてのように、
「安く大量に売れば利益が出る」
時代ではなくなりつつある。

さらに消費者も変わった。

昔は、
「安くて腹いっぱい」
が強かった。

しかし今は、

少し高くても良いものを食べたい

自分へのご褒美

SNSで共有したい

特別感を味わいたい

という価値観も強くなっている。

だから吉野家が、
“高級路線”へ挑戦したくなる気持ちもよく分かる。

しかし、率直に言えば、私は少し違和感を覚えた。

まず、味が悪いわけではない。
しかし、「この価格ならまた食べたい」と思うほどの感動はなかった。

量も少なめ。
オプションを付ければ1500円近くになる。

そして何より、
1000円を超えた瞬間、競争相手が変わる。

牛丼チェーン同士の比較ではなくなるのだ。

焼肉店、すき焼き店、百貨店の和食店、ホテルランチ。
“ちょっと良い食事”の世界が比較対象に入ってくる。

例えば、横浜そごうにも入っている老舗
荒井屋

ここは、日本で初めて「牛鍋」をメニュー化した店として知られている。

文明開化の時代、日本ではまだ「牛肉を食べる」という文化自体が一般的ではなかった。

当時の日本人にとって牛は、
農耕を支える大切な労働力であり、
食べる対象ではなかったのである。

そこへ西洋文化が入り、
「牛肉を食べる」という習慣が広がっていく。

しかし、日本人は単純に西洋の肉料理を真似したわけではない。

醤油、砂糖、出汁を使い、
日本独自の“牛鍋文化”を作り上げた。

これが、後の「すき焼き」へ繋がっていく。

つまり牛鍋とは、
単なる肉料理ではない。

文明開化、日本の近代化、
そして「新しい文化を受け入れる時代の象徴」でもあったのである。

しかも当時の牛鍋は、
今のように洗練された食べ方ではなかったらしい。

鍋でぐつぐつ煮えた牛肉を、
そのまま直接食べる。

当然、熱い。

舌を火傷する人も多かったという。

そこで考えられたのが、
卵につけて食べる方法だった。

熱さを和らげ、
口当たりもまろやかになる。

これが、現在の“すき焼き”の原型になったとも言われている。

つまり、すき焼き文化もまた、
人々の不便や工夫の中から生まれた「進化」だったのである。

そして面白いのは、
今も昔も、
人は単に「栄養」を食べているわけではないということだ。

牛鍋には、
文明開化という“時代の空気”があった。

西洋文化への憧れ。
ハイカラ文化。
近代化への期待。

当時の人々は、
牛鍋を食べながら、
「新しい時代」
そのものを味わっていたのかもしれない。

実は現代も、
それほど変わらない。

今は「飽食の時代」と言われる。

お金を払いさえすれば、
全国どころか世界中の料理を食べることができる。

昔は高級だった牛肉も、
今では牛丼チェーンで気軽に食べられる。

コンビニですら、
昔とは比べものにならないほど美味しくなった。

さらに現代は情報社会である。

SNSを開けば、

ここが美味しい

あの店が人気

行列店

映えるスイーツ

話題の限定メニュー

など、
食の情報があふれている。

つまり現代人は、
「美味しいものがない」
のではなく、

「美味しいものに囲まれすぎている」

のである。

だからこそ、
単純に「美味しい」だけでは、
人の心が動きにくくなった。

ここで重要になるのが、
「空気感」だ。

飲食店は、料理だけで成立しているわけではない。

周囲の客層、店の音、会話のテンポ、店員の所作。
それら全てが、食事の満足度に影響している。

人は料理を食べているようで、
実は「空間ごと」食べているのである。

例えば高級店では、

静かな空気

落ち着いた客層

丁寧な接客

ゆっくり流れる時間

そのものが価値になる。

逆に吉野家は本来、

早い

安い

気軽

一人でも入りやすい

“働く人の燃料”

という世界観の店である。

これは決して悪い意味ではない。

むしろ吉野家の強さだった。

疲れたサラリーマンが、
さっと入り、
数分で食べ、
また戦場へ戻っていく。

深夜の吉野家に、
どこか救われた人も多いと思う。

あの独特の“生活感”こそが、
吉野家の魅力だったのだと思う。

だから、その空間の中で、
高級感だけを部分的に演出すると、
どうしてもチグハグさが出やすい。

今回私が感じた違和感は、
単なる味の問題ではなく、

「ブランドと空気感のズレ」

だったのかもしれない。

一方で、最近別の商品を見て、
「これは売れるだろうな」
と感じた。

柿安本店 が販売した
「黒毛和牛無限牛鍋弁当」である。

価格は税込2580円。
弁当としてはかなり高い。

しかし私は、
吉野家の絶品牛重より、こちらに強く惹かれた。

なぜだろうか。

恐らく理由は、
これは単なる“牛鍋弁当”ではないからだ。

『鬼滅の刃』の炎柱、
煉獄杏寿郎 が
「うまい!うまい!」
と食べていた牛鍋を再現した商品らしい。

あの映画に感動した人も少なくないだろう。

煉獄さんは、
ただ美味しそうに食べていたわけではない。

全力で生き、
全力で食べ、
全力で命を燃やしていた。

だから、あの
「うまい!」
には、不思議な説得力があった。

単なるグルメ描写ではなく、
“生きる力”そのものを感じさせたのである。

そして、あの作品が流行した時代背景も大きい。

当時はコロナ禍。

世の中には、
閉塞感が漂っていた。

先が見えない。
人との繋がりも減った。
空気も重かった。

そんな時代に、

真っ直ぐ生きる

仲間を守る

命を燃やす

最後まで責任を果たす

という煉獄さんの姿が、
多くの人の心を打った。

だからファンは、
単なる牛鍋弁当として見ていない。

「煉獄さんの世界を体験したい」

のである。

ここが大きい。

人は単に、

肉の量

原価

コスパ

だけで商品を選んでいるわけではない。

人は、

物語

共感

感情

世界観

生き様

にお金を払っている。

これは昔から変わらない。

私はここで、
ある弁当を思い出した。

黒田博樹 が、
大リーグの巨額オファーを断り、
広島東洋カープ に復帰した時に発売された
「黒田の男気弁当」である。

当時の黒田は、
既に“伝説級”の投手だった。

ニューヨーク・ヤンキース のローテーションを支える主力投手。
MLBで5年連続2桁勝利。
日米通算200勝級。
しかも当時39〜40歳でありながら、
まだ第一線で活躍していた。

さらに、
20億円規模とも言われるオファーを断っての広島復帰だった。

普通なら、
そのままメジャーに残る。

それが“成功”とされる時代だった。

しかし黒田は、
恩義のある広島へ戻った。

だから広島中が熱狂した。

「男気」という言葉が、
社会現象のようになっていた時代だった。

そして発売された弁当は、
広島駅などでいつも完売していた。

価格は1200円ほど。
当時としては決して安くない。

しかしファンは、
コスパで買っていたわけではない。

黒田の、

義理

誠実さ

地元愛

生き様

に共感していたのである。

つまり、あの弁当もまた、
“黒田の物語”
を共有する商品だった。

これは、
煉獄さんの弁当とも少し似ている。

人は単に「食べ物」を買っているのではない。

そこにある感情や物語に、
お金を払っているのである。

しかも現代は、
SNS時代だ。

単なる「美味しい」だけでは拡散しにくい。

しかし、

誰かに話したくなる

写真を撮りたくなる

共感したくなる

思い出になる

商品は強い。

つまり現代は、
単なる「機能価値」の時代ではない。

もちろん味は重要だ。
しかし、ある程度美味しいのは当たり前になった。

その先で重要になるのは、

「どんな感情が動くのか」
「どんな世界観を体験できるのか」

なのだと思う。

人は、食べ物を買っているようで、
本当は“物語”を食べているのかもしれない。

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髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役