先日、ドラマ『サバ缶、宇宙へ行く』の第1話を見た。
タイトルだけを見ると、どこか少しコミカルで、突飛な話にも聞こえる。
サバ缶が宇宙へ行く。
普通に考えれば、「いやいや、何を言っているんだ」と思うような話だろう。
しかし、この物語は実話をもとにしているという。
そう思って見ると、単なる面白い発想のドラマではなく、そこに大きな学びがあるように感じた。
なぜなら、サバ缶を宇宙へ運ぶような話は、最初から「常識の中」にある人たちだけでは、なかなか生まれないからだ。
昔から、地域を変えるのは「よそ者、若者、馬鹿者」だと言われる。
少し乱暴な表現にも聞こえるが、本質をよく表している言葉だと思う。
よそ者は、その土地の当たり前に縛られていない。
若者は、まだ固定観念が少なく、「そんなものだ」と諦めていない。
そして馬鹿者とは、常識的に考えれば無理だと言われることでも、「でも、やってみたらどうなるだろう」と動ける人のことだ。
つまり、変化を起こす人とは、今ある常識の外に立てる人なのだと思う。
サバ缶を宇宙へ。
この言葉だけでも、すでに常識の外にある。
地元の名産であるサバ缶を、宇宙食にする。
普通に考えれば、そんな発想はなかなか出てこない。
出てきたとしても、多くの人はその場で打ち消してしまうだろう。
「前例がない」
「どうせ無理だ」
「そんなことに何の意味があるのか」
「もっと現実的なことを考えた方がいい」
こうした言葉は、大人になればなるほど、すぐに頭の中に浮かぶ。
もちろん、それ自体が悪いわけではない。
現実を見る力、リスクを考える力、責任を背負う力。
それらは社会にとって必要なものだ。
しかし一方で、それだけでは新しいものは生まれにくい。
大人になるほど、「できない理由」を見つけるのが上手になる。
若い頃には勢いで飛び込めたものに対しても、経験を重ねるほど慎重になる。
過去の失敗も知っている。周囲の反応も想像できる。責任もある。立場もある。
だから動けなくなる。
けれど、世の中を本当に変えてきたものの多くは、最初はたいてい非常識に見えるものだった。
インターネットもそうだ。
スマートフォンもそうだ。
地方の小さな会社が全国に影響を与えることも、昔なら一笑に付されていたかもしれない。
けれど、それを「やってみよう」と言い出した人がいたから、今の現実になった。
変化とは、最初から常識の中にあるものではない。
誰かが常識の外に一歩出たときに、初めて輪郭を持つ。
そう考えると、サバ缶を宇宙へ運んだのは、単に技術や努力だけではない。
その前に、「そんなことができるかもしれない」と思えたこと、その発想自体が大きかったのだと思う。
では、長く同じ場所にいる人は変化を起こせないのか。
そんなことはない。
私はむしろ、長く同じ場所で頑張ってきた人ほど、本当は変化を起こす力を持っていると思う。
現場を知っている。
人を知っている。
歴史を知っている。
地域を知っている。
その知識と経験は、何よりも大きな財産だ。
ただし、その力を外に向けて発揮するには、きっかけが必要なのだと思う。
言い換えれば、危機感と未来のイメージである。
人は危機感がないと変わらない。
「このままではまずい」と思わなければ、行動は起こらない。
しかし、危機感だけでは苦しい。
追い込まれるだけでは、人は前向きな変化を起こしにくい。
もう一つ必要なのが、「こうなれたら面白い」「こんな未来もあるのかもしれない」というイメージだ。
危機感がアクセルだとすれば、未来のイメージはハンドルのようなものだろう。
ただ焦るだけでは進めない。
どこへ向かうのかが見えなければ、人は動けない。
そこで大事になるのが、今いる場所の外に出ることなのだと思う。
違う土地へ行く。
違う文化に触れる。
違う店を見る。
違う人の話を聞く。
普段見ている景色とは異なるものに、自分をさらしてみる。
それだけで、人の頭は驚くほど刺激を受ける。
「こんなやり方があるのか」
「こんな接客があるのか」
「こんな売り方があるのか」
「こんな町づくりがあるのか」
「こんな働き方や生き方があるのか」
普段の自分の周りだけを見ていると、それが世界の標準のように感じてしまう。
しかし、一歩外に出ると、それは単なる一つのやり方に過ぎなかったと気づく。
この気づきが、人を変える。
最近よく思うのは、観光はとても大事な大人の勉強だということだ。
観光というと、遊び、息抜き、贅沢、レジャー。
そういう印象を持つ人も多いかもしれない。
もちろんそれも間違っていない。
旅には癒やしの力があるし、気分転換にもなる。
しかし、それだけではない。
観光には、自分のコンフォートゾーンの外に出る力がある。
いつもと違う駅に降りる。
知らない店に入る。
地元では見ない商品を見る。
自分の地域とは違う空気を感じる。
何が大切にされているのか、何が当たり前なのか、その土地ごとの違いに触れる。
そうすると、自分の中で閉じていた感覚が少しずつ開いてくる。
脳には、RASと呼ばれる、重要な情報を選び取る仕組みがあると言われる。
人は、自分にとって大事だと思っているものばかりを見やすくなる。
逆に言えば、今の自分の常識に合わないものは、目に入っていても見えていないことが多い。
同じ場所に長くいると、この仕組みはどんどん固定化される。
「いつも通り」が安全で、「変わらないこと」が安心になっていく。
その結果、新しい可能性よりも、リスクや違和感の方が先に見えるようになる。
だからこそ、外に出ることが必要なのだと思う。
違う景色を見ることで、脳の見方が揺さぶられる。
「こんな選択肢もあるのか」と気づく。
すると、それまで見えていなかったものが急に見え始める。
これは本を読むことでも得られる。
人の話を聞くことでも得られる。
しかし、やはり実際にその場へ行くことの力は大きい。
空気感は、現地に行かなければわからない。
人の表情、店の雰囲気、街の温度、ちょっとした会話。
そうしたものは、画面越しではなかなか伝わらない。
大人になると、学びというと資格やセミナーや読書を思い浮かべがちだ。
それももちろん大切だ。
しかし、旅もまた立派な学びである。
むしろ、感性や発想を広げるという意味では、旅の方が強く心に残ることもある。
たとえば、旅先の飲食店で感動する一言に出会う。
地方の土産物店の見せ方にヒントをもらう。
観光地の導線設計に感心する。
古い町並みを残しながら、新しい価値を生み出している姿に学ぶ。
あるいは逆に、「このやり方はもったいないな」と感じることから、自分の仕事への気づきが生まれる。
これらはすべて、大人の勉強だと思う。
だから、長く同じ場所にいる人が変われないのではない。
変わるためには、外からの刺激が要るだけなのだ。
そして面白いのは、自分が「よそ者」にならなくても、よそ者の視点を取り入れることはできるということだ。
旅に出ること。
知らない場所へ行くこと。
違う業界を見ること。
異なる価値観に触れること。
それだけで、人は一時的に「常識の外」に立つことができる。
そういう意味で、観光とは単なる消費ではない。
未来を変えるための投資でもある。
ドラマ『サバ缶、宇宙へ行く』を見て、私は改めて思った。
世の中を動かすのは、最初から正解を知っている人ではない。
むしろ、「そんなことができるのか」と笑われるようなことに対しても、「でも、やってみたらどうなるだろう」と思える人たちなのだ。
そして、その力は特別な人だけのものではない。
私たちもまた、今いる場所の外に一歩出ればいい。
旅でもいい。
視察でもいい。
散歩でもいい。
知らない店に入るだけでもいい。
大切なのは、いつもの景色だけで世界を判断しないことだ。
サバ缶が宇宙へ行く。
そんな話を聞いたとき、多くの人は「そんな馬鹿な」と思うかもしれない。
でも、未来はたいてい、そうした「馬鹿な話」から始まる。
だからこそ、時々は自分の外に出ようと思う。
いつもの場所を離れ、いつもの常識を少し脇に置いて、まだ見たことのない景色に触れてみる。
そこで受けた刺激が、固くなった思考をゆるめ、新しい発想を生み、やがて行動を変えていく。
常識の中にいるだけでは、サバ缶は宇宙へ行けなかった。
変化を起こすのは、いつだって常識の外に立てる人だ。
そして私たちもまた、外に出ることで、その一人になれるのだと思う。

髙栁 和浩 笑顔商店株式会社 代表取締役